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小林政広『歩く、人』

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2001年の小林政広監督『歩く、人』


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プロデュース・脚本は小林政広、撮影は北信康、照明は木村匡博、録音は瀬谷満、音響効果は福島行朗、編集・ホストプロダクションプロデューサーは金子尚樹、アシスタントプロデューサーは上野俊哉、ラインプロデューサーは南博之、助監督は森元修一・丹野雅仁・塚本敬、制作は波多野ゆかり、音楽はサン・サーンス「動物たちの謝肉祭」より・櫟原龍也・中澤寛、テーマ曲「水族館」演奏アレンジ:佐久間順平、撮影助手は馬場元、照明助手は三善章誉、照明協力は新保健次・番長(古村勝)、制作助手は橋場綾子・榎原由紀枝・斉藤大和、録音助手は永口靖、編集助手は蛭田智子、ネガ編集は門司康子・神田純子、タイミングは安斎公一、タイトルは道川昭、メイキングは山野邊毅、スチールは岡村直子、
製作はモンキータウンプロダクション、配給はオフィスサンマルサン・モンキータウンプロダクション。
2001年/35mm/102分/カラー/アメリカンビスタ

本作は、第54回カンヌ国際映画祭“ある視点”部門公式出品作品である。
作品のラストには、「母の思い出に」とのクレジットが入る。


こんな物語である。ネタバレするので、お読みになる方は留意されたい。

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北海道増毛町で、五代続く造り酒屋を営む66歳の本間信雄(緒形拳)。妻は癌で2年前に他界し、何かと折り合いの悪かった長男の良一(香川照之)は高校卒業と同時に家を出たままだ。現在は、次男の安夫(林泰文)が家業を継いで信雄の面倒を見ている。

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偏屈な信雄が唯一楽しみにしているのは、自宅から8キロ離れた国営の鮭孵化場に歩いて通うこと。妻に先立たれた後、信雄はそこで働くバツイチの職員・熊谷美知子(石井佐代子=葉月螢)に仄かな想いを寄せている。


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安夫は、行き先も告げずに毎日ほつき歩いている父親を持て余し気味で、彼の恋人・野口圭子(占部房子)は呆けてるんじゃないかと辛辣に言う。圭子は、自分のしたいこともせずに父親に縛り付けられている安夫のことが不満でならない。


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家を出て12年、バンドのボーカルとして夢を追い続けている良一は、そろそろ潮時だと思い始めている。同棲相手の清水伸子(大塚寧々)が懐妊し、もはや彼女の給料と自分のバイト代では生活が苦し過ぎるのだ。音楽をやめて実家に戻ろうと考えている良一に、伸子は一抹の寂しさを感じている。

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美和子の別れた夫は、公金を持ち逃げして沖縄に逃亡中。「こっちで一緒に暮さないか」と連絡が来たという美和子に、あんな男と一緒にならずに自分と再婚しないか?と信雄は言った。「考えておくわ」と美和子は答えた。
安夫は圭子に呼び出されて、喫茶店で一方的に別れを告げられた。彼女は、親離れできていないと安夫を非難した。店を出た安夫は、駐車場に停めた車の中から久しぶりに良一に電話すると、「明日、会いに行くから」と告げて一方的に電話を切った。
「誰も、僕の気持ちなんて分かってくれないんだ!」と叫んで車を飛び出す安夫の姿を、圭子は見ていた。
安夫が家に戻ると、信雄は日本地図を広げて沖縄の場所を確認していた。二年間妻に操を立てて来たが、三回忌が終わったら解禁だと笑う信雄。明後日の三回忌には良一を呼べと突然言われたことも、安夫が兄に電話した理由の一つだった。


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いつものように信雄が訪ねて行くと、美和子は「昨日の話…」と切り出した。惚ける信雄に「もう忘れたの?」と美和子。「結婚するのなら、週に一度はしてもらわないと」と言って乳房を差し出す美和子に、恐る恐る一度だけ触れる信雄。
自分は女を妻しか知らず、それでいいんだと信雄は弱々しく呟いた。この言葉に表情を暗くした美和子は、やはり自分は沖縄に行くと告げた。


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その頃、安夫は良一のバイト先を訪ねていた。相も変わらず無愛想な良一。互いに憎まれ口を叩きつつ、兄弟は距離感を測っている。


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良一に肉を奢れと言われ、兄弟はステーキハウスへ。ビールが進むうちに、良一は自分の近況についてしゃべり始める。「親父の面倒など見ずに、お前も家を出ればいいじゃないか」という良一に対して、安夫は兄の勝手な振る舞いを責め立てた。
二人の間に険悪な空気が立ち込める中、仕事を終えた伸子がやって来る。安夫は伸子に挨拶だけすると、「明日の三回忌、来てくれよ」と金を置いて出て行った。


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「どうかした?」と問う伸子に、「上手くいかないんだなぁ。弟にカッコつけてどうするのかと思うんだけどさ、上手くいかないんだなぁ…」と良一は溜息交じりに言った。


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そして迎えた三回忌の日。良一と伸子も来てくれたのだが、肝心の信雄はまたしても鮭の孵化場に行ってしまう。けれど、もうそこに美和子の姿はなかった。
ようやく寺にやって来た信雄は、良一と伸子に気づく。三回忌の読経が続く中、良一は安夫に、「実家に戻って来てもいい」と告げた。


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自宅に戻って、四人でのお清め。久しぶりに揃った面々は、戸惑いつつぎこちない会話をしている。何とか互いの距離を縮めようとするものの、なかなか素直になれない信雄と良一。
そして、伸子と安夫が席を外している時に二人は諍いを始めてしまう。怒鳴り合ううちに掴み合いになり、信雄が手を上げた。慌てて二人の間に入ると、安夫は自分がこれからもずっとここで父と一緒に暮らすと叫んだ。


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居たたまれなくなった信雄は、席を外す。家の外に出ると、女性が立っていた。圭子だった。
残された三人。「なあ、安夫。いいのか、あれで?」「うん」「本当にいいのか?」「うん」「そっか…」。
そこに信雄が戻って来ると、安夫に玄関を指差した。今度は、安夫が出て行く。良一は信雄に、バンドをやめてここで一緒に暮らそうかと思っていたことを告げた。
でも自分たちは上手くいかないなと苦笑する息子に、信雄は「そんなこと、ないと思うなぁ。もう少し、バンド続けるか」と言った。「子供ができたから、もうそんなに猶予はない」と良一。「そうなのか?」と問われて、伸子は頷いた。
作業場で、圭子はしゃがみこんでいた。やって来た安夫に、「好きなの!」と言って圭子は抱きついた。

駅で良一と伸子を見送った信雄を、安夫が迎えに来る。安夫がどてらを掛けようとしても、信雄は頑なに拒否し続けた。


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吹雪の中、もはや美和子のいない孵化場に信雄は向かう。放流された鮭の稚魚たちを見送ると、雪道に一度大の字に寝そべった信雄は、再び起き上がって歩き始めるのだった…。


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とてもいい作品である。本当に、凄くいい。

小林作品の優れている点、それは鑑賞中に「あぁ、自分は今、小林政広の“映画”を観ているんだなぁ」という確かな手応えがあることだ。
彼の作品で描かれるのは、基本的に派手な仕掛けとは無縁の物語である。しかし、凡百の低予算映画とは異なり、ミニマムなのではなく市井の人々の普遍的な生活や感情の襞を描き出す優れた物語性を有している。
そこに、小林政広の作家としての才能を僕は強く感じる。平凡な話であればある程、脚本と演出の手腕が問われるのである。

この作品も、物語の前半は拍子抜けするくらいに淡々と進み、緒形拳はある意味過剰とも思えるほどに飄々と演じる。その前半、映画のフックとなるのは信雄と美和子の“大人”のプラトニックな恋情である。
不器用な老職人と人生経験豊富な大人の女の取りとめない会話の中に、決して熱することのない温かみを感じる。それは、信雄が美和子を背負うシーンに象徴される。
親子や兄弟のやり取り、あるいは良一と伸子、安夫と圭子のやり取りでは、ある種のペーソスと可笑し味を伴って彼らの関係性が描かれて行く。

どことなく掴み処のなかった物語は、安夫が去った後のステーキハウスのシーンから一気に映画的躍動を見せる。まるで、マジックのように。
「弟にカッコつけてどうするのかと思うんだけどさ、上手くいかないんだなぁ…」と吐き出す良一の言葉に、小さく胸が痛むのだ。
そして、物語は三回忌の後の本間家でのやり取りでピークを迎える。家族四人(いや、圭子も加わるから、五人か)の感情の爆発とその後に吐露される本音、その中に人間の弱さと優しさが仄見える。
人を描く…というのは、こういうことを言うのだろう。

物語には何の結論も出ず、本間家の日常は劇的な変化など訪れぬままに続いて行く。しかし、我々の人生だってそうやって続いているのだ。

派手さの欠片もない作品。
けれど、観る者の心に確たる“何か”が残る、優れて映画的な一本である。

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