6月7日、東新宿の真昼の月・夜の太陽でNAADAが出演するライヴ「太陽のセレナーデ」を観た。
僕がNAADAのライヴを観るのは、これが31回目。前回観たのは5月14日 、場所は恵比寿天窓.switchであった。
今回以降、しばらく彼らのライヴ活動は白紙になっている。
僕がNAADAのライヴを観るのは、これが31回目。前回観たのは5月14日 、場所は恵比寿天窓.switchであった。
今回以降、しばらく彼らのライヴ活動は白紙になっている。
では、この日の感想を。
1.Good afternoon
最少編成の演奏としては、最初の一音目からいつものライヴと明らかに音像が違う。木漏れ日射す森林の朝の如く、広がりのあるギターと深いヴォーカル・エコー。「此処ではない、何処か」で奏でられる幻想的な音楽。
ハッとするような、イントロダクション的小品である。
2.RAINBOW
1曲目の音像をそのままに、シンプルながら厚みのあるアレンジで演奏が展開する。ポップでありながら、巧みにエモーションがコントロールされた落ち着きのある歌がいい。
今回のライヴは、従来は控えめにしか加えなかった音源を二人の生音に大胆に持ち込んだ演奏。聴いていると、彼らが音の構築を熟慮してMACによる音源を作り込んだことが感じられる。厚みのあるハーモニーも実に効果的。
いつもとはテイストの異なる、新しい魅力に溢れたRAINBOWが聴けた。
3.Little Fish
いつもはシャンソン的小品として、サラッとキュートに演奏されることが多い曲。しかし、今回のライヴではかなり斬新な模様替えが施されていた。
深いエコーをかけてワンフレーズ歌った後、かなりメカニカルな音源が被せられる。それは、まるでシャンソンから80’sニュー・ウェーヴへと飛翔するかのような構成である。
これはこれで、悪くないと思う。
4.淡香色の夏空へ
前半、いささかエコーが深すぎる印象を受け、若干曲の輪郭がぼやけているのでは…と感じた。ライヴ全体のメリハリも考慮すれば、より簡素な音作りの方がいいのではないか?と。
ところが、後半の展開では一気に求心力が出て来る。RECOの歌唱に力強さと抜群の説得力があり、ラストに至るまで聴き惚れてしまう。
5.愛 希望、海に空
元来がとても音響的な曲だから、今回のライヴで最も真価を発揮する楽曲である。
この日の演奏は、従来以上に奥行きを感じさせる音作り。過剰と紙一重とも言えるが、RECOのヴォーカルの深さが、楽曲の世界観を破綻させずに支えている。彼女の歌の力をまざまざと感じさせる歌唱である。
ラストで一転して、グッと簡素にするところも秀逸だ。
6.僕らの色
この曲は、どこまでもドラマチックに上がって行く構成なのだが、それをあえて二人編成で演奏。RECOは、初お目見えのバウロン(アイルランドのフレームドラム)を手にしていた。
出だしのイントロが、ギターとバウロンだけなのに音圧を感じさせる。そこに、RECOの迷いなき歌が加わると、見事にこの曲のスケールが表現されていた。揺るぎのない、凛々しいキャラクターが。
いい演奏である。
今回のライヴにあたり、RECOは「音楽的な冒険をする」と宣言していた。それは、「演奏曲のすべてで音源を使用する」という試みだった訳だ。今までにも部分的に音源やエフェクトを加えたライヴはあったが、ここまで徹底して音源を使ったことはなかった。
ただ、NAADAの楽曲的アイデンティティを考えると、実はこのユニットは決してライヴ・プロパー的な音楽キャラクターではない。それは、彼らのCDを聴けば明白である。
曲構成は複雑だし、アレンジやハーモニーに至るまで音を作り込むのが彼ら本来の音楽性だと思うのだ。
最少編成でライヴを行う場合、どうしても演奏する曲によっては表現に限界がある訳で、それを払拭するには音源を大胆に取り込む以外にない。問題は、生音と音源とのバランスである。そこに音像としての違和感を持たせないように、今回マツボが徹底して音を作り込んだのである。
その成果は如実であり、二人編成でかなり理想的な音作りが達成できていたのではないか。
本来的にNAADAというユニットは、保守性と無縁で常に攻めの姿勢を有しているのである。
今回のライヴを個人的に総括すると、新たなる音楽的発見とライヴ演奏としての完成度がしっかりと両立したパフォーマンスだったと思う。
生音と音源の拮抗。そして、音響的な冒険の真ん中にはRECOの歌唱が屹立して、オーディエンスに届いていた。
それこそが、優れたポップス・ユニットの真骨頂であろう。
今後、彼らはしばらくライヴ活動を離れて別ベクトルの方向で音楽を展開すると言う。
この日の演奏の成果を見れば、彼らの次なる進化を期待せずにはおれない。
ファンとしては、楽しみに待ちたいと思う。