2015年6月13日公開の冨永昌敬監督『ローリング』。
エグゼクティブプロデューサーは小曽根太・甲斐真樹・宮前泰志・池内洋一郎、企画は宮﨑雅彦、プロデューサーは木滝和幸・冨永昌敬、アソシエイトプロデューサーは磯﨑寛也・宇野航、脚本は冨永昌敬、撮影は三村和弘、照明は中村晋平、美術は仲前智治、録音は高田伸也、整音効果は山本タカアキ、編集・仕上担当は田巻源太、音楽は渡邊琢磨、衣装は加藤將、ヘアメイクは小濵福介、助監督は荒木孝眞、制作担当は佛木雅彦、協力プロデューサーは平島悠三、協賛は一般社団法人水戸構想会議・一般社団法人いばらき社会起業家協議会、特別協賛は㈱ホコタ・㈱サンメイ。
製作はぽてんひっと・スタイルジャム・カラーバード・マグネタイズ、製作プロダクションはぽてんひっと、制作協力はシネマパンチ、配給はマグネタイズ、配給協力はプロダクション花城、宣伝はカプリコンフィルム。
2015年/DCP/93分/カラー
宣伝コピーは「教え子よ、大志を抱け そして、女も抱け」
こんな物語である。
水戸で高校教師をしていた権藤(川瀬陽太)は、女子更衣室を盗撮していることが発覚して10年前に姿をくらました。かつての教え子たちは、今も水戸でそれぞれの人生を送っているが、いまだ彼らはこのダメ教師のことを忘れてはいない。特に、盗撮された女子たちは。
東京に流れていた権藤は、付き合っているキャバクラ嬢のみはり(柳英里紗)を連れて水戸に舞い戻って来る。しかし、歓楽街の大工町では元教え子の容子(森レイ子)が仲間とキャバクラを経営していた。
飲もうと町をほつき歩いていた権藤とみはりは、容子達に見つかり逃げ回る羽目になった。容子は、損害賠償請求も辞さない心づもりで二人を追いかけた。
二人は雑居ビルに逃げ込むが、置いてあったおしぼりのコンテナ・ボックスにつまずき、みはりが怪我をしてしまう。動けなくなって階段に座り込む彼女の足から流れる血を、権藤は慌てて使用済みのおしぼりで拭いた。
すると、そこにおしぼり業者の男が戻って来る。男の顔をひと目見た権藤は、慌てて顔を伏せた。男は、かつての教え子・貫一(三浦貴大)だった。貫一はすぐに権藤に気づくと、懐かしがって近寄って来た。そして、隣にしゃがみこんでいるみはりの足を見ると、すぐに未使用のおしぼりで拭いてやった。貫一とみはりはしばし見つめ合い、そのことを権藤は目ざとく気づいた。
そんなやり取りをしていると、階下から足音が上がって来た。細いヒールの音だ。貫一が階段を下りて行くと、踊り場には容子がいた。息を乱しながら「権藤、見なかった!?」と問い質す容子に、貫一は「見ていないが、戻って来てるのか?」と惚けた。見かけたら知らせるからという貫一の言葉に、容子は去っていく。
権藤のところに戻った貫一は、この辺りをふらつかない方がいいと忠告した。容子は、今この町ではちょっとした顔だった。
数日後、貫一の職場に権藤が現れた。あの夜、貫一が着ていた制服を見て、この会社だと覚えていたのだという。
あの後、権藤は結局容子達に捕まり、人質代わりにみはりが容子の店で働いているのだと言った。今の権藤にはとにかく仕事が必要だったが、事件を起こした元不良教師に、そうそう仕事などあるはずなかった。貫一は、仕方なく上司に権藤のことを話すのだった。
キャバクラに通うような趣味のなかった貫一は、足繁く容子の店に顔を出すようになった。もちろん、目当てはみはりだ。権藤のような男と一緒にいては彼女のためにならないというのが建前で、貫一は権藤と別れるようにみはりを説得したが、要するにあの夜ひと目惚れしただけだった。みはりはみはりで、まんざらでもなかった。
結局、みはりは貫一と付き合い始めてしまう。権藤は、一度は貫一の会社で働き出すもののすぐに来なくなり、中途半端に無頼な悪を気取って近所の人妻(深谷由梨香)と関係を持ったりしていた。
しかも、いつの間にやら権藤はかつての教え子たちとおかしな人間関係を築き直していた。容子や、繁雄(松浦祐也)、田浦(礒部泰宏)、船越(橋野純平)が目を付けたのは、10年前に権藤が盗撮した動画。ひょっとすると、この映像が大金に化けるのでは…と踏んだからだ。
というのも、かつてのクラスメート・朋美(井端珠里)は現在タレントをしており、地元ではソーラーパネルCMのイメージ・キャラクターをしていた。もし、朋美の裸が映っていたとしたら。
彼らの睨んだ通り、盗撮映像には朋美の姿が映っていた。しかも、朋美は他の女生徒と求め合っていた。彼らは、この動画を朋美の所属事務所に持ち込む。最初こそ及び腰だった権藤も、結局は折れて彼らと行動を共にする。
待ち合わせの喫茶店に現れたのは、事務所の広岡(高山裕也)、弁護士の黒木(杉山ひこひこ)、そして元警察官で顧問だという野中(西桐玉樹)。権藤達は、ハードディスクと引き換えに大金を受け取った。もちろん、コピーが存在しないという承諾書を取られた。
金を得た権藤達に、黒木は妙な儲け話を持ちかけて来た。今、水戸の町ではソーラーパネルを使った発電事業が盛んになっていた。そこで、ソーラーパネルを設置するための日当たりのいい雑種地を購入することを彼は勧めて来たのだ。
メンバーのうち、田浦はもう付き合いきれないと降りたが、他のメンバーは全員喰いついた。
ところが、事はそううまく運ぶはずもなかった。盗撮映像をコピーした者がいたのだ。
果たして、権藤達の運命は?そして、貫一とみはりの関係は…。
言ってみれば、地方を舞台にした小さな映画だし、ドラマチックなエピソードもなければ、大メジャーというほどのキャスティングでもない。
三浦貴大と柳英里紗は近年活躍が目覚ましい注目の役者だと思うが、他の役者陣も含めて派手さや華やかさとはちょっと違ったスタンスの渋い面々である。
劇中に登場するのは、誰一人として社会的も人間的にもあまり感心できるような人物ではない。
だが、本作は今観るべき映画の一本であると断言したい。脚本、演出、映像、役者と揃っているし、とにかくロー・バジェットながら映画的な志は高い力作だからである。
先ずは、オープニング。夜の大工町を逃げる川瀬陽太と柳英里紗の映像を観ただけでも、引き込まれる。
夜の帳が下りた地方都市歓楽街の、幾ばくの寂しさを纏ったきらびやかな光の粒子まで切り取ったようなライブ感に溢れた映像。このシーンひとつとっても、冨永の映画作家としての非凡さを感じる。
権藤というダメ教師を筆頭に、彼の周りに集まって来るのは皆私利私欲だけの人間である。最初こそまともそうな貫一にしても、一皮剥けば自分本位の部分が露わになる。ただ、彼の場合は、中途半端に生真面目なところもあり、その辺りの人物像もしっかりと描かれている。
映画は権藤のモノローグで淡々と進められるが、このダメ中年を川瀬陽太はある種の滑稽さをもってペーソス溢れる人物として見事に体現している。
一方の貫一についても、三浦貴大がある意味生真面目なくらいにしっかりと演じており、二人のコントラストこそが本作にとっては太いドラマ的骨格をなしている。
そして、本作の“華”は、言うまでもなくキャバクラ嬢のみはりという存在である。二人の男の間でたゆたう女を、柳英里紗は時にキュートに、時に少女のような無垢さで、またある一面ではコケティッシュにと、見事に演じ分ける。
本作を観て、柳に惹かれない男なんているのだろうか?とさえ思う。それくらい、本作における彼女は魅力的だ。
とりわけ、みはりと貫一の体温と息遣いまで伝わって来るような濡れ場には、心鷲掴みにされてしまった。しっかりとエロティシズムも表現された、本当に素晴らしいシーンである。やはり、絡みを演じるのであれば、このくらい潔く演じてくれないと…と思える熱演だ。
また、後半の物語で重要なキーとなる朋美のエピソードも秀逸である。儚さと寂しさを漂わせる朋美役の井端珠里の演技も印象に残る。
その他の役者陣もそれぞれに魅力的で、愛すべきキャラクター達である。個人的には、相変わらずの松浦祐也の濃い演技に笑った。
で、物語は最後の最後までダレることも緩むこともなく、見事なツイストを決めて、この作品に相応しいささやかに感傷的な余韻を伴って終幕する。
まさに、「この終わり方しかない!」と唸ってしまった。
本作は、今の日本映画にとって「ひとつの可能性」を感じさせる良作だろう。
派手さこそないものの、多くの人に劇場で鑑賞して欲しい一本である。是非!