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小林政広『CLOSING TIME』

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1997年11月22日公開の小林政広監督第1作目『CLOSING TIME』

35mmの夢、12inchの楽園

プロデューサーは小林政広、ラインプロデューサーはサトウトシキ、脚本は小林政広、制作協力は佐藤啓子、撮影監督は西久保維宏、音楽は佐久間順平、主題歌はMARI「ホテル」(作詞・作曲:小西康陽)、挿入歌は小島麻由美「パレード」「飾り窓の少女」(作詞・作曲:小島麻由美)、録音は鈴木昭彦、照明は南園智男、編集は金子尚樹(J.S.E.)、助監督は女池充、監督助手は坂本礼・森元修一、撮影助手は鏡早智、照明助手は牛木規博、編集助手は蛭田智子、衣裳(MARI)は黒川昌、メイク(MARA)はMAKOTO、メイク(YUKO)は木下美穂里、タイミングは安斉公一、スクリプターは佐藤由子、タイトルは道川昭、協力は井口奈己・池田しょう子・磯田勉・岩田治樹・岩田正恵・上野俊哉・大久保賢一・岡村直子・岡本諭子・岡本茉由子・小川歌子・おもてとしひこ・加治良介・勝山茂雄・加藤智陽・木澤建夫・木村正人・小岩井聡・佐藤寿保・佐野和宏・島田剛・白石秀憲・瀬々敬久・武井孝一郎・中尾正人・永瀧達治・中野貴雄・延江浩・平尾武夫・古山敏幸・細谷隆弘・真弓信吾・水川忠良・ミッキー。
製作・配給はモンキータンプロダクション、配給協力・宣伝はアルゴ・ピクチャーズとオムロ・ピクチャーズ。
1996年/日本/35mm/81分/カラー、パートモノクロ/アメリカンビスタ

本作冒頭には、「山田宏一氏に心を込めて すべての父と、Mr.TOM WAITSに捧ぐ」とクレジットが入る。
本作は、1997年第8回ゆうばり国際冒険ファンタスティック映画祭ヤングファンタスティック部門グランプリ受賞作品である。
撮影はほぼ1週間、製作費1,000万円の自主映画として製作された。


こんな物語である。ネタバレするので、お読みになる方は留意されたい。

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テレビのシナリオライターをしていた男(深水三章)。それなりに売れていた彼は、コンビニ強盗の巻き添えで最愛の妻と子を失った。
以来、男は書けなくなり、アルコールと女に溺れた自堕落の日々を送っている。行きつけのバーでは、男の姿をいつでもマスター(中原丈雄)が苦々しく睨みつけるが、男はお構いなしだ。

35mmの夢、12inchの楽園

ACT 1 OLD SHOES

アケミ(中野若葉)の部屋を追い出されて、行き場を失った男はかつて自分に気のあったトシコ(石倭裕子=愛川裕子)に再会。彼女の部屋に転がり込む。
いつもの店で飲んでいると、男の元に編集者のクミコ(実相寺吾子)が声をかけて来る。彼女は男のファンだと言い、新聞に連載をしてほしいと熱っぽく訴える。しかし、男は彼女を拒む。「俺は、書けない…」と。
次から次へと女の間を渡り歩いても、男の心の空白は埋まらない。

35mmの夢、12inchの楽園

ACT 2 I HOPE THAT I DON’T FALL IN LOVE WITH YOU

男が夜の公園で酒を煽っていると、赤毛の女が声をかけて来る。「安い酒、飲んでるわね。これ飲みなさいよ」と。レイ(MARI=夏木マリ)のボトルを見て、文句を言いつつ男はラッパ飲みする。
男が歩いていると、レイもその後をついて来る。文無し家なし行くあてなしの二人は、歩き疲れてあるモニュメントの下に座り込む。酒がなくなったと嘆く女に、「俺のは残ってる」とボトルを差し出す男。「あんた、優しいね」と言って、レイは酒を煽った。
調子っぱずれの歌を唄うレイ。「何の曲だ?」と男が尋ねると、「シェルブールの雨傘」だと言う。思いもよらず映画の話になり、二人はそれぞれ映画について熱く語った。
翌朝、男が目を覚ますと女の姿は消えていた。

35mmの夢、12inchの楽園

ACT 3 LONELY

昼間の公園で女(安原麗子)とキスした後、足を踏まれ頬を引っ叩かれて男はフラれる。その姿を、トラ狩り頭にスーツ姿のゲイ・久保(北村康=北村一輝)が興味深そうに見つめていた。
男は久保を追い払おうとするが、久保は男にまとわりついて来る。
久保はトンカツ屋(ベンガル)が捨てた残飯を漁り、空き瓶に残った酒をかき集める。男は、気まぐれにこの風変りなホームレスと行動を共にする。河川敷の夜は、さすがに冷え込む。寒さに震える男に、久保は自分の寝袋を提供した。

35mmの夢、12inchの楽園

久保は、母子感染でエイズに罹っていた。痙攣を起こして卒倒する久保を男は病院に連れて行くが、感染を恐れて久保のことを医者はろくに治療しない。
男は、妻子を失って帰る気のなくなった家があることを告白し、久保と一緒にタクシーに乗り込む。会話の途絶えた久保を見ると、彼は呼吸をしていなかった。

35mmの夢、12inchの楽園

ACT 4 LITTLE TRIP TO HEAVEN

いつものバーで、いつものように最後の客となった男。相変わらず、マスターはしかめ面で男に向き合っている。自分にとっての運命の女を探している風なことを言う男に、「そんな女はいやしない」とマスターは吐き捨てる。現実を見ろ、と。

35mmの夢、12inchの楽園

マスターは、古い写真を取り出すと一瞥した。それは、20年前に別れたままのマスターの運命の女だった。
役者の道を志した青き日々。まだマスターでなかった彼は、ニューヨークで同じ道を志す女と出逢い恋に落ちる。二人が結ばれるのに時間はかからなかったが、ある時女が妊娠した。男に相談せずに、女は子を堕ろした。生活力もないくせに産めと言う男と違い、彼女は現実的だった。
ショックを受けた男はフラットを飛び出し、帰ってみると彼女は姿を消していた。
マスターは、海の見える自分の家に男を連れて行く。二人髭を剃り、朝食のテーブルにつく。二人会話する最中、男が椅子ごと床に倒れる。

35mmの夢、12inchの楽園

壁に張られた一枚の古い写真。モノクロのポートレートの中で、若き日のマスターとレイが微笑んでいた…。

35mmの夢、12inchの楽園

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どんなに優れた作家でも、その処女作は何処か気恥ずかしく、それでいて独特の輝きを放っている。むしろ、優れた作家であればあるほど眩さは特別だ。
そのイノセントな輝きは、何となくビタースイートなこそばゆさを観る者に感じさせる。
小林政広の監督デビュー作も、その例外ではない。

本作は、ずっと監督を夢見て来た彼が40歳にして遂にその夢と対峙した記念すべき作品である。
何の伝手もなく、28歳でトリュフォーの弟子になるべく単身渡仏した小林は、結局トリュフォーに会うことなく1年後に帰国した。
恐らく、この作品に向かった小林の情熱は、28歳の頃から心の何処かにずっと燻っていた蒼き炎なのだろうな…と思う。この映画をご覧になった方なら、僕の書いている言葉の意味をご理解頂けるのではないか。

映画冒頭に流れるクレジットはすべてフランス語で統一され、四章からなるこの作品は、小林のヌーヴェル・ヴァーグに対する愛情と憧憬、そして自分のとっての“映画”をすべて注ぎ込んだ映像と科白で語られて行く。
とりわけ、各章冒頭に置かれた、街の片隅で男と通りすがりの酔っぱらいが織りなす取りとめなき会話に、その雰囲気は顕著である。クールなモノクロームで、不思議な温かさをもって描かれたショート・スケッチの如き映像が魅力的だ。

いささかの気負いさえ漂うスタイリッシュな会話と、気障ギリギリの言葉たち。酒と、女と、幾許の情と別離。そして、誰の心にも仕舞い込まれたどうしようもない人生の痛み。
本作は、かの如き人生のピースをつづれ織りにしたシネ・タペストリーである。
すべてを出し切り、あるいはもう二度と映画を監督することもないかも知れない…その思いで撮られたであろう本作を観ていると、ついつい自分自身の若き日の頑なで、不器用で、不格好な、それでいてトゥー・マッチに想い入れた日々が思い出されて、それがまたどうしようもなく気恥ずかしかったりするのだ。
まったくもって、困ったものである。

「運命の女」的記号である夏木マリはやはり魅力的だが、僕にはクミコ演じる実相寺吾子(実相寺昭雄と原知佐子の娘)がとても魅力的に映った。
そして、映画的ピークは、やはり自分の過去を深水章三に語る中原丈雄で決まりだろう。
ちなみに、公園で男を振る女性は、知ってる人は知っている元・少女隊のレイコである。

本作のタイトルは、言うまでもなくトム・ウェイツが1973年にリリースしたファースト・アルバム『クロージング・タイム』(アサイラム・レコード)から取られている。
そして、各章のタイトルもそれぞれがこのレコードの収録曲のタイトルである。

35mmの夢、12inchの楽園

本作は、いい意味で蒼き熱さを伴った小林政広の初監督作。
硬質な作家性を誇る彼のスタート地点として、記憶されるべき秀作である。お勧めしたい。

35mmの夢、12inchの楽園

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