2013年公開の戸田幸宏監督『暗闇から手をのばせ』。
プロデューサーは太田隆文・戸田幸宏、脚本は戸田幸宏、撮影ははやしまこと(J.S.C.)、撮影補は道川昭如、照明は吉住荘介、録音は丸池嘉人、挿入歌・主題歌は転校生「きみにまほうをかけました」「爆音ヘッドフォン」(EASEL)、美術は竹内悦子、編集は坂本久美子、整音・音響効果は小牧修二、助監督は下條岳、宣伝映像は城定秀夫、制作担当は白取知子。製作は戸田幸宏事務所、配給・宣伝はSPOTTED PRODUCTIONS、宣伝協力はアムモ96。
宣伝コピーは「かつて、祝福されて生まれて来たはずの君と。」
2013年/日本/68分
戸田幸宏第一回監督作品の本作は、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2013ファンタスティック・オフシアター部門グランプリとシネガー・アワードをW受賞した。
こんな物語である。ネタバレするので、お読みになる方は留意されたい。
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デリヘル嬢の沙織(小泉麻耶)は、「楽そうだし、体が動かない客だから怖くなさそう」という理由で障害者専門のデリバリー・ヘルス「ハニーリップ」に移る。
表情もなく車の助手席で煙草をふかす彼女に顔をしかめつつ、店長の津田(津田寛治)は日本には18歳以上の在宅身体障害者が348万人いると言った。福祉関係の仕事をしていた津田は、競争相手がほとんどいないこの仕事なら顧客を独占できると踏んだのだ。
彼女の最初のお客は、頭を金髪に染め全身にタトゥーを入れた進行性筋ジストロフィー患者の水谷(管勇毅)。現在34歳の彼は、淡々と自分の人生観を沙織に吐き捨てる。お客の話に戸惑いつつ、彼女は最初の仕事を終えた。
次の客は、饒舌に自分の障害や人生をネタにする先天性多発性関節拘縮症の巨漢・中嶋(ホーキング青山)。彼は、「障害者の俺とあなたは、どっちが可愛そうなのか?」と沙織を挑発するかと思えば、「本番やらせて」と無理難題を言った。
次に向かったのは、オートバイ事故で下半身の機能を失った青年・健司(森山晶之)の家。「シャワーは済ませています。私は、2時間くらい買い物に行って来ますから」と言って家を出て行く母親の裕美子(松浦佐知子)に驚きながら、仕事を始める沙織。しかし、健司はほとんど表情もなく、何もしなくていいという。彼は事故で勃起も射精もできぬ体だったが、現実を受け入れられない裕美子は「若い女性と接して刺激を受ければ…」と沙織を呼んだのだ。
母親の無理解さえもが、健司のことを苦しめていた。「もういいですから。お金は封筒の中に入っています」と言われ、沙織はシャワーを浴びて帰るしかなかった。
初仕事から帰った沙織は、健司の暗い表情が頭から離れなかった。化粧台に向かった彼女は、健司の家の浴室にネックレスを置き忘れたことに気づく。
店長にも断らず、勝手に健司の家を訪れた沙織。すると、健司の部屋には彼のかつての同級生カップルが来ていた。物珍しさと冷やかしで訪れたように見える二人に苛ついた沙織は、自分は健司の恋人だと言って部屋に入ると、二人に毒づいてしまう。
そのことを知って、津田は激怒。「今度やったらただじゃおかない」と沙織を怒鳴り散らした。
障害者たちとの仕事の日々は、沙織に色々なことを思わせる。そんなある日、彼女は指名を受けて、単身シティホテルに向かった。「車椅子の方、すでにお部屋でお待ちですよ」とフロントに言われて、彼女は部屋をノックするが返事はない。ドアを開け、沙織は中に入った。
すると、鬼のような形相をした男(モロ師岡)が沙織の腕をつかんだ。「指名されないと思ったか?探したぞ」と凄むこの男は、かつて沙織が在籍していたデリヘルのお客・小西。
小西は沙織にハマり、大金をつぎ込んだ挙句にストーカーと化した。沙織がハニーリップに移った本当の理由、それがこの男だったのだ。
小西は沙織の手足をガムテープで拘束すると、バスルームに連れて行き水を張ったバスタブに浸けた。
病院のベッドで意識を取り戻す沙織。ホテルの外で待機していた津田が異変に気付き、小西の部屋に押し入って間一髪彼女を助けたのだった。
「今回は、完全に俺のミスだ。でも、ストーカーに付きまとわれてるなら、そう言っといてほしかったよ」と言う津田に、沙織は「店長、私この仕事続けたいです…」と言った。
退院した沙織は、小西の面会に行った。驚く小西に向かって、「私はもう、あなたの事なんて怖くない」と彼女は言った。
「俺と友達になってくれないか…」と言った水谷が亡くなったことを、沙織は妹から聞いた。「帰って下さい、気持ち悪い」と妹は吐き捨てた。
ラブホテルでの仕事を終えて一緒に帰る道すがら、「じゃあ今度はさ、車椅子でカーセックスしよう」と中嶋は笑った。
海が見たいと言う健司のために、沙織は停まっているトラックに談判して荷台に乗せてもらう。そして、二人は夜の海に着いた。
二人は、取りとめのない話を続けた。「夜明けを見たら帰ろう」と言った沙織は、ついついうたた寝してしまう。
目を覚ますと、隣に健司の姿がない。ふと前を見ると、健司の車椅子が海に向かっている。そのまま、車椅子は海へと転落した。
慌てて自分も海に飛び込み、健司を助ける沙織。「死なせてくれ!」と叫ぶ健司に、「生きて!私のために」と沙織は懇願した。
健司は、自分と同じ障害者たちが勤務するオフィスで働き始めた。そして、彼は自分で稼いだ金でハニーリップに電話した。
やって来た沙織は、少し逞しくなった健司の表情を見て、微笑んだ…。
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本作は、現在NHKエンタープライズに所属し主にNHKの番組等のディレクターを務める戸田幸宏が、ドキュメンタリーとしての企画が通らなかったものを、自ら取材した内容を基にフィクションとして自主製作したものである。
ストーリーをお読み頂ければ、テレビ・ドキュメンタリーとしても商業映画としてもかなりハードルが高い内容であることをご理解頂けるだろう。
それが、劇場公開にまで漕ぎつけたことを先ずは称えたい。やはり、ゆうばり国際でのグランプリが大きいのだろう。
本作に対しては、観た人によって様々な感想や評価があることだろう。しかし、こういう題材と正面から向き合い、それを自己資金で映画化した戸田監督の志に敬意を表したい。
ただ、商業映画としての公開を視野に入れると、やはりこの辺りのドラマ展開がひとつの限界なんだろうな…という感想はやはり拭い難かった。
どこまでフィクショナイズするのか。何を物語の中心に据えるのか。絶望と希望…。どちらを向いて描いたとしても、一様に回答の出ない題材だからである。
物語を見ると、健司の友人カップルの登場や新興宗教にハマる母親…といった展開は、映画的ステロタイプに映るし、沙織のストーカー小西の描き方も映画の本質的テーマに比するといささか安易に過ぎると思う。
それは、沙織の人間的な変化と成長にも言えることだろう。
指摘すること自体野暮かもしれないが、沙織が健司を海に連れて行ったことで本来なら確実にハニーリップを解雇されるはずだし、そもそも身体障害者を荷台に乗せてくれるトラック運転手がいるとも思えない。
また、どうでもいいことかもしれないが風俗嬢を描いた物語にしては、裸の描き方の「大人の事情的潔さのなさ」も気になる。
個人的には、健司の家で事件を起こした沙織を叱責する津田の言葉にも違和があった。
ただ、それでも本作はやはり観るべき一本に違いない。
小泉麻耶と森山晶之の演技もいいが、本作に映画的厚みを加えているのは津田寛治の確かな存在感だと思う。
自主製作映画の持つ力と作り手の熱を感じる力作である。
お勧めしたい。
宣伝コピーは「かつて、祝福されて生まれて来たはずの君と。」
2013年/日本/68分
戸田幸宏第一回監督作品の本作は、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2013ファンタスティック・オフシアター部門グランプリとシネガー・アワードをW受賞した。
こんな物語である。ネタバレするので、お読みになる方は留意されたい。
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デリヘル嬢の沙織(小泉麻耶)は、「楽そうだし、体が動かない客だから怖くなさそう」という理由で障害者専門のデリバリー・ヘルス「ハニーリップ」に移る。
表情もなく車の助手席で煙草をふかす彼女に顔をしかめつつ、店長の津田(津田寛治)は日本には18歳以上の在宅身体障害者が348万人いると言った。福祉関係の仕事をしていた津田は、競争相手がほとんどいないこの仕事なら顧客を独占できると踏んだのだ。
彼女の最初のお客は、頭を金髪に染め全身にタトゥーを入れた進行性筋ジストロフィー患者の水谷(管勇毅)。現在34歳の彼は、淡々と自分の人生観を沙織に吐き捨てる。お客の話に戸惑いつつ、彼女は最初の仕事を終えた。
次の客は、饒舌に自分の障害や人生をネタにする先天性多発性関節拘縮症の巨漢・中嶋(ホーキング青山)。彼は、「障害者の俺とあなたは、どっちが可愛そうなのか?」と沙織を挑発するかと思えば、「本番やらせて」と無理難題を言った。
次に向かったのは、オートバイ事故で下半身の機能を失った青年・健司(森山晶之)の家。「シャワーは済ませています。私は、2時間くらい買い物に行って来ますから」と言って家を出て行く母親の裕美子(松浦佐知子)に驚きながら、仕事を始める沙織。しかし、健司はほとんど表情もなく、何もしなくていいという。彼は事故で勃起も射精もできぬ体だったが、現実を受け入れられない裕美子は「若い女性と接して刺激を受ければ…」と沙織を呼んだのだ。
母親の無理解さえもが、健司のことを苦しめていた。「もういいですから。お金は封筒の中に入っています」と言われ、沙織はシャワーを浴びて帰るしかなかった。
初仕事から帰った沙織は、健司の暗い表情が頭から離れなかった。化粧台に向かった彼女は、健司の家の浴室にネックレスを置き忘れたことに気づく。
店長にも断らず、勝手に健司の家を訪れた沙織。すると、健司の部屋には彼のかつての同級生カップルが来ていた。物珍しさと冷やかしで訪れたように見える二人に苛ついた沙織は、自分は健司の恋人だと言って部屋に入ると、二人に毒づいてしまう。
そのことを知って、津田は激怒。「今度やったらただじゃおかない」と沙織を怒鳴り散らした。
障害者たちとの仕事の日々は、沙織に色々なことを思わせる。そんなある日、彼女は指名を受けて、単身シティホテルに向かった。「車椅子の方、すでにお部屋でお待ちですよ」とフロントに言われて、彼女は部屋をノックするが返事はない。ドアを開け、沙織は中に入った。
すると、鬼のような形相をした男(モロ師岡)が沙織の腕をつかんだ。「指名されないと思ったか?探したぞ」と凄むこの男は、かつて沙織が在籍していたデリヘルのお客・小西。
小西は沙織にハマり、大金をつぎ込んだ挙句にストーカーと化した。沙織がハニーリップに移った本当の理由、それがこの男だったのだ。
小西は沙織の手足をガムテープで拘束すると、バスルームに連れて行き水を張ったバスタブに浸けた。
病院のベッドで意識を取り戻す沙織。ホテルの外で待機していた津田が異変に気付き、小西の部屋に押し入って間一髪彼女を助けたのだった。
「今回は、完全に俺のミスだ。でも、ストーカーに付きまとわれてるなら、そう言っといてほしかったよ」と言う津田に、沙織は「店長、私この仕事続けたいです…」と言った。
退院した沙織は、小西の面会に行った。驚く小西に向かって、「私はもう、あなたの事なんて怖くない」と彼女は言った。
「俺と友達になってくれないか…」と言った水谷が亡くなったことを、沙織は妹から聞いた。「帰って下さい、気持ち悪い」と妹は吐き捨てた。
ラブホテルでの仕事を終えて一緒に帰る道すがら、「じゃあ今度はさ、車椅子でカーセックスしよう」と中嶋は笑った。
海が見たいと言う健司のために、沙織は停まっているトラックに談判して荷台に乗せてもらう。そして、二人は夜の海に着いた。
二人は、取りとめのない話を続けた。「夜明けを見たら帰ろう」と言った沙織は、ついついうたた寝してしまう。
目を覚ますと、隣に健司の姿がない。ふと前を見ると、健司の車椅子が海に向かっている。そのまま、車椅子は海へと転落した。
慌てて自分も海に飛び込み、健司を助ける沙織。「死なせてくれ!」と叫ぶ健司に、「生きて!私のために」と沙織は懇願した。
健司は、自分と同じ障害者たちが勤務するオフィスで働き始めた。そして、彼は自分で稼いだ金でハニーリップに電話した。
やって来た沙織は、少し逞しくなった健司の表情を見て、微笑んだ…。
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本作は、現在NHKエンタープライズに所属し主にNHKの番組等のディレクターを務める戸田幸宏が、ドキュメンタリーとしての企画が通らなかったものを、自ら取材した内容を基にフィクションとして自主製作したものである。
ストーリーをお読み頂ければ、テレビ・ドキュメンタリーとしても商業映画としてもかなりハードルが高い内容であることをご理解頂けるだろう。
それが、劇場公開にまで漕ぎつけたことを先ずは称えたい。やはり、ゆうばり国際でのグランプリが大きいのだろう。
本作に対しては、観た人によって様々な感想や評価があることだろう。しかし、こういう題材と正面から向き合い、それを自己資金で映画化した戸田監督の志に敬意を表したい。
ただ、商業映画としての公開を視野に入れると、やはりこの辺りのドラマ展開がひとつの限界なんだろうな…という感想はやはり拭い難かった。
どこまでフィクショナイズするのか。何を物語の中心に据えるのか。絶望と希望…。どちらを向いて描いたとしても、一様に回答の出ない題材だからである。
物語を見ると、健司の友人カップルの登場や新興宗教にハマる母親…といった展開は、映画的ステロタイプに映るし、沙織のストーカー小西の描き方も映画の本質的テーマに比するといささか安易に過ぎると思う。
それは、沙織の人間的な変化と成長にも言えることだろう。
指摘すること自体野暮かもしれないが、沙織が健司を海に連れて行ったことで本来なら確実にハニーリップを解雇されるはずだし、そもそも身体障害者を荷台に乗せてくれるトラック運転手がいるとも思えない。
また、どうでもいいことかもしれないが風俗嬢を描いた物語にしては、裸の描き方の「大人の事情的潔さのなさ」も気になる。
個人的には、健司の家で事件を起こした沙織を叱責する津田の言葉にも違和があった。
ただ、それでも本作はやはり観るべき一本に違いない。
小泉麻耶と森山晶之の演技もいいが、本作に映画的厚みを加えているのは津田寛治の確かな存在感だと思う。
お勧めしたい。