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ベター・ハーフ

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2015年4月18日のマチネに、本多劇場で『ベター・ハーフ』を観劇した。




作・演出:鴻上尚史、美術:松井るみ、音楽:河野丈洋、照明:中川隆一、音響:原田耕児、振付:川崎悦子、衣裳:森川雅代、ヘアメイク:西川直子、映像:冨田中理、演出助手:小林七緒、舞台監督:澁谷壽久、宣伝美術:kazepro、HP制作:overPlus Ltd.、運営協力:サンライズプロモーション東京(東京公演)、サンケイホールブリーゼ(大阪公演)、制作:倉田知加子・高田政士、プロデューサー:後藤隆志・関歩美、エグゼクティブプロデューサー:松浦大介、企画・製作・主催:ニッポン放送・サードステージ

「ベター・ハーフ」とは、自分が必要とする、もう一人の自分のこと。――天国でひとつだった魂は、この世に生まれる時に男性と女性に分けられて別々に生まれてくる。だから、現世で天国時代のもう片方の自分と出会うと、身も心もぴたりと相性が合うと言われる。その相方をベター・ハーフと呼ぶ。


PR会社で多忙な日々を送る諏訪祐太(風間俊介)は、仕事もルックスも冴えない独身中年の上司・沖村嘉治(片桐仁)から「これからデートして来い」とムチャ振りされる。残業があるからと祐太は断ったが、沖村は執拗に食い下がる。沖村は、この二か月間祐太になりすまして出会い系で小早川汀(中村中)とやり取りしており、ようやくデートまで漕ぎつけた。しかし、自分だと送った写真も当然祐太のもの。一方の汀は、写真を送ってくれない。
あまりにしつこく頼まれて、一回だけの約束で祐太は待ち合わせ場所へ赴く。やって来た汀は、祐太とは同世代の可愛らしい女性だったが、彼女は唐突にトランス・ジェンダーの女性をどう思うか?と聞いて来た。祐太には、訳が分からない。
結局、要領もつかめぬまま、二人の会話はチグハグに終わった。

ところが、汀として祐太に会ったのは別人だった。平澤遥香(真野恵里菜)は、芸能界を目指して事務所に所属していたが、レッスン料その他で金がかかるため、割のいいバイトであるデリヘル嬢をしている。お客との待ち合わせによく使うホテルのラウンジでピアノ演奏をしている汀と仲良くなり、遥香は汀の代役を頼まれたのだ。




汀はトランス・ジェンダーで、田舎では随分と酷いいじめを経験していた。しかも母親から性転換手術だけはやめろと懇願され、その言葉が呪縛となって今でも身体的には男性のままだった。
孤独だった汀は、心の隙間を埋めるために出会い系を使いそこで知り合ったのが沖村だったが、彼女には直接会う勇気がなかったのだ。

汀の代役として現れた遥香の写メを見ていよいよ彼女のことが好きになった沖村は、「自分の会社の先輩を紹介したいから」とあまりにも強引なメールを祐太に送らせる。これで最後だからと頼み込まれた祐太は、渋々もう一度沖村に付き合って汀と会う羽目に。すると、汀は汀で遥香を伴い待ち合わせ場所にやって来た。実は、前回会った時に祐太は汀を名乗る遥香のことが好きになっていた。
今回の風変りなダブル・デートの後で四人それぞれの正体はばれ、しかも結果的に祐太と遥香、沖村と汀が付き合うことになった。



祐太と遥香の交際は順調だったが、沖村は汀がキスまでしかさせてくれないことをもどかしく思っていた。彼女がトランス・ジェンダーだという事実を遥香から聞いている祐太は、沖村から相談されて言葉に窮する。
汀は、自分の秘密がばれないように遥香に“素股”のテクニックを教えてもらおうとするが、性転換手術をしていない汀には無理だと諭して遥香はフェラの技術を伝授する。
汀は自分のことを愛してくれる沖村に応えようと努力するのだが、かえってその行動は沖村を引かせてしまう。
その一方、なかなかデビューできない遥香は祐太に内緒でデリヘルの仕事を続けていたが、偶然にも沖村に指名されてしまう。気まずい空気の中、遥香は祐太には内緒にしてほしいと懇願した。

危ういバランスの元で続いていた二組の関係は、結局破綻してしまう。沖村は汀がトランス・ジェンダーであることを知ってしまい、祐太は遥香がデリヘル嬢をしていることを沖村から告げられたのだ。
汀はピアノを演奏していたホテルを辞め、姿を消した。祐太との同棲を解消した遥香は、事務所の方針でアイドル・グループの一員として台湾で売り出されることになった。祐太は大手のPR会社に転職し、沖村は相変わらずだった。

それから、しばらくが経った。祐太は、とあるホテルのラウンジで汀と再会した。汀は、渡航して性転換手術を受けており、心と体が一致していた。あの時終わりを告げた恋愛が、彼女の背中を押したのだった。今では、脳内に響く母親の声も随分小さくなったと汀は言った。
汀は、女になった自分の体を最初に祐太に抱いて欲しい…と言った。驚き目を丸くする祐太だったが、汀の強い意志に押されて彼女を抱いた。

祐太と汀が一緒に暮らし始めて、二年が経った。ところが、順調だった二人の仲に大きく揺らぐ事件が起こる。久しぶりに会った沖村が、祐太に遥香の現状を話したのだ。台湾デビューから一年が経過しても人気が出ず、遥香達の活動は行き詰まった。そもそもろくなプロダクションではなかったのだが、遥香は独り意地になって台湾でソロ活動を続けていた。今の彼女は、異国の地で心身ともにボロボロだった。
その彼女に救いの手を差し伸べられるのは、祐太しかいないと沖村は言った。遥香に会いに行ってくれないかと、沖村は何度も頼んだ。
汀の反対を押し切り、祐太は台湾に渡って遥香と再会した。そして、遥香は帰国した。

祐太、沖村、汀、遥香は、揃ってキャンプに出かける。けれど、すでにそれぞれの気持ちは移ろっていた。新たな場所を求めて、四人の人生はまた動き始めるが…。


とてもいい舞台である。
近年の鴻上作品について、僕はかなり不満を抱き続けていた。第三舞台の後期から彼の芝居を見始めて、KOKAMI@networkと虚構の劇団の公演はすべて観ているのだが、このところの鴻上作品にはかつてのような独創性と笑いのキレが失われつつあるように感じていたのだ。

若手を結集してオンタイムの舞台を作るべく旗揚げされた虚構の劇団は、華のある看板役者の不在、演出者と団員との世代差、そして何よりも第三舞台の影がチラついている気がしていた。初期の中心メンバーだった山﨑雄介や大久保綾乃、高橋奈津季の退団は大きな喪失だったし、それ以降は客演の役者をメインに据えざるを得なくなっていた。
また、networkの方もいささか停滞しているように思えてならなかった。
かつての鴻上作品の残像という意味では、第三舞台の封印解除&解散公演『深呼吸する惑星』を観た時に、それを強く感じた。
特に僕が気になっていたのは、鴻上演劇から笑いとスピード感が後退している印象を受けていたことだ。
若き溌剌さは失われ、かといって洗練された成熟にも至らない中途半端さが感じられて、このところの鴻上作品を観た後は、物足りなさばかりが胸に去来していた。それは、『朝陽のような夕日をつれて2014』を観ても、払拭されることはなかった。

だが、この『ベター・ハーフ』は、劇作家・鴻上尚史の良さがすべて詰まった久しぶりの傑作であった。この作品で、ここ数年のモヤモヤは解消された。
トランス・ジェンダーというギミックはあるものの、風俗嬢のバイトやSNSを使った展開も含めて、これまでに鴻上が何度も取り上げて来た素材を積み上げた、てらいがないくらいにストレートな恋愛物語である。
そもそも、汀役に中村中をキャスティングする時点で鴻上の作品に込めた思いが感じられるし、他の三人もまさしく適材適所の配役である。
今回の舞台で笑いを牽引するのは、言うまでもなく片桐仁である。片桐は、沖山が持っている冴えない中年男の哀愁と開き直ったようなコミカル・キャラとを見事に演じていた。
彼が作品のエンジンとして機能していればこそ、物語のキモである思うに任せないやるせなさや残酷さ、あるいは恋愛することの幸福感が説得力を持って舞台に立ち上がるのだ。



この作品を観た後に訪れる気持ちは、恋愛によってもたらされる切なさに限りなく近いのである。
台湾に飛んだ祐太が再会した遥香と抱き合うシーンは、本作でも出色のシーンのひとつである。そして、ビル屋上での沖村の自殺騒動の一幕こそが、本作における諧謔的な笑いとスピード感のピークである。
また、字幕を用いて「数か月後」「一年後」と時間がどんどん経過して行くのも、芝居にテンポを出していて効果的だ。

劇中、中村が何度もピアノを前にして歌うのもいいアクセントである。ラストでエモーショナルに歌われる「愛の讃歌」に、胸を熱くした人も多いことだろう。



『ベター・ハーフ』は、まさに鴻上恋愛戯曲の真骨頂と断言できる傑作。
公演はまだ続いているので、興味を持った方には是非とも観劇をお勧めしたい。


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