製作は中川滋弘・赤司学文、原作は津田一郎「ザ・ロケーション」(晩声社・1980年刊)、脚本は近藤昭二・森崎東、撮影は水野征樹、音楽は佐藤允彦、美術は福留八郎、録音は武進、調音はTESS、照明は長田達也、編集は近藤光雄、助監督は須藤公三、協力はいわき市観光協会・常磐ハワイアンセンター、スチールは金子哲也。製作・配給は松竹。
こんな物語である。
ピンク映画のカメラマンをしているべーやんこと小田辺子之助(西田敏行)は、夜中に間借りしている金蔵(愛川欽也)の豆腐屋2階の部屋に帰宅する。ベーやんは、いつもの「エイトマン」を口ずさみながら、部屋にしつらえた浴槽に疲れ切った体を沈めた。布団では、妻でピンク映画女優の奈津子(大楠道代)が眠っている。
そこに、ピンク映画脚本家のコンこと紺野(柄本明)から電話がかかって来る。べーやん、奈津子、紺野の三人は、学生時代から二十年来の付き合いだ。紺野は、「なっちゃんの様子は、どうだ?」と意味深なことを尋ねた。その言葉に、べーやんが改めて奈津子を見てみると、彼女は異常に大きないびきをかいていた。ハッとするべーやん。情緒不安定な彼女は、三度目となる睡眠薬自殺を図ったのだ。
べーやんは、慌てて奈津子を抱え上げるといつもの病院に駆け込んだ。
奈津子の命に別状はないものの、困ったことに彼女主演のピンク映画が今日クランクインすることになっていた。病院に駆けつけた紺野に奈津子のことを頼むと、べーやんは集合場所の新宿西口に向かった。
すでに、監督の原(加藤武)以下、加藤組スタッフのチーフ助監督ダボ(竹中直人)、セカンド助監督タケ(アパッチけん)、スチール兼ドライバーのケンちゃん(ふとがね金太)、照明の米さん(大木正司)、撮影助手の石やん(草見潤平)、照明助手のET(パルコ)と男優の五大(河原さぶ)、高田(角野卓造)、立札(花王おさむ)は、勢揃いしていた。
べーやんは妻の事情を話して頭を下げ、とりあえず現場で何とかしようと一同はロケ地の海岸に向かう。
映画の筋書きは、自分をレイプした三人の男たちにヒロインの女が復讐するというものだったが、奈津子の代役・笛子(麻生隆子)は今更脱ぐのが嫌だとゴネ始める。そこに、何と紺野が奈津子を連れて現れる。
結局、当初の予定通り奈津子主演で撮り始めたものの、ほとんど何も口にしていない奈津子は、体調が悪くなり撮影は再びストップしてしまう。
実は、奈津子は引退を考えており、金にならないピンク映画を辞めて夫婦で「ホカホカ弁当屋」をやろうとベーやんに話していた。しかし、ベーやんにはその踏ん切りがつかない。
そこで、奈津子はことあるごとに紺野にも相談しており、ずっと彼女に想いを寄せる紺野は複雑な気持ちでこの夫婦と接していたのだった。
一度現場をばらした加藤組の面々は、次のロケ地である連れ込み宿を訪ねる。口うるさい業突張りの女主人・かつ江(乙羽信子)が目を光らせる中、当初の脚本を両親を溺死させられた娘の復讐劇に書き変えて、さらなる代役女優・ジーナ(イヴ)で撮影を続けるが、またしても女優が降板してしまう。
途方に暮れる加藤組だが、この宿に住み込みで働く無口で無愛想な若い娘・及川笑子(美保純)に目をつけ、彼女に出演を頼み込んだ。すると、笑子はそれを了承。首の皮一枚繋がった加藤組は、撮影を続行する。
ところが、今度は持病の喘息が悪化して監督の原が倒れてしまう。原は、ベーやんに撮影予算を渡すと、残り三日間で笑子を主演に映画を完成させることを託して病院に運ばれて行った。
ベーやんは、撮影中のピンク映画を完成させるべく、スタッフ・キャストと意思統一を図るが、今度は笑子がお盆の墓参りに実家・福島の常磐湯本に帰ると言い始める。
苦肉の策で、べーやんたちは湯本をロケ地に変更して映画の撮影を続行するが…。
ピンク映画のスチール・カメラマンとして40年以上のキャリアを持ち、今なお現役で活躍している津田一郎の原作を映画化した作品である。内容は、低予算で過酷なピンク映画の撮影現場をモチーフにしたコメディーチックな映画内映画的作品と言っていいだろう。
全編に漂う映画作りの猥雑なパワーと泥臭い人間模様がたまらなく魅力的な作品ではあるが、内容は単なる映画のインサイド・ストーリーとは様相を異にする。前半こそ哀愁漂うピンク映画のドタバタな現場が描かれているが、福島を舞台にロード・ムービー的な展開を見せる後半ではその佇まいが一変してしまう。
べーやんたちが撮っているピンク映画の主題が、謎に満ちた笑子の人生を映画として再構築するという試みに切り替えられ、映画はクライム・サスペンスと若干のホラー・テイストまで纏った地獄巡りの如きパラレル・ワールド的重層構造にツイストして行くのだ。
本作の撮影に当たって、森崎はピンク映画の現場に足を運んだという。その現場とは、今をときめく滝田洋二郎監督の大傑作『真昼の切り裂き魔』 (原題『街は4000分の1』)である。
ある種の屈折さえ纏ったこの映画の魅力と言えば、森崎のささやかなる人間賛歌的な力強さに加えて、役者陣の熱演に負うところも大だろう。
西田敏行、大楠道代、柄本明の三人がまずいいし、脇を固める加藤武、大木正司、乙羽信子、愛川欽也、佐藤B作、殿山泰司、初井言榮、角野卓造、アパッチけんこと中本賢、元・世良公則&ツイストのふとがね金太、等々。
これが一般映画デビュー作となる竹中直人は、同年1月に公開された滝田洋二郎監督のピンク映画『痴漢電車 下着検札』にも出演している。
また、イヴはノーパン喫茶で働いていたことを風俗情報誌に取り上げられたことで一躍有名になり、当時のエロ・アイコンとなった人である。彼女の映画デビュー作は、1984年7月27日に公開された中原俊監督の『イヴちゃんの花びら』(にっかつ)である。『ロケーション』公開の2か月前だ。
で、僕にとってこの作品の見所と言えば、何と言っても美保純の熱演ということになる。元々、まったくの素人だった彼女は、スカウトされて1981年に渡辺護監督のピンク映画『制服処女のいたみ』でデビュー。1982年の上垣保朗監督『ピンクのカーテン』(にっかつ)で人気が爆発する訳だが、本作での大楠道代との緊迫感溢れるシーンを見ていると、女優としての大化けぶりに息を飲んでしまう訳だ。
何せデビュー作の撮影では、カメラが回っているにもかかわらず、演技をやめて「監督、いいのか、これで?」と聞いちゃったような人である。ちなみに、彼女の芸名を考えたのは、デビュー作を監督した渡辺護だ。
美保純演じる笑子の捉えどころのないミステリアスな存在感は、そのまま現実と幻想の狭間をたゆたう本作の不思議な浮遊感に繋がっている。そして、「現実と幻想の狭間」とはそのままべーやんたちがこだわる映画そのものなのである。
映画は、加藤組の面々が海から上がって来る逆回転映像で終わる。そのエンディングに、「それでも、映画の現場は続いて行く」的なことまで深読みしてしまって、僕はいささかセンチメンタルな気分になってしまった。
その泥臭い力強さが、心に響く傑作である。