2015年11月28日、早稲田奉仕園スコットホールで「福島の子どもたちを放射能から救い出せ!」第2回山下洋輔ベネフィットコンサートを観た。共演は、ベーシストの不破大輔。
山下洋輔BC実行委員長の宮崎專輔氏は、山下洋輔の同級生だそうである。そして、このイベントに協力するのはNPO法人快医学ネットワークだが、発見の会創設者の瓜生良介は世界快医学ネットワーク(現・特定非営利活動法人世界快ネット)の創設者でもあり、発見の会で音楽を担当していたのが不破大輔である。
山下洋輔トリオの演奏に衝撃を受けて不破大輔はフリー・ジャズのベース弾きになったそうだから、このイベントはある種の必然に満ちているとも言える訳だ。ところが、これまでフェダインや渋さ知らズで山下洋輔と演奏したことはあったものの、意外にもこの二人がDUOで演奏するのはこれが初めてだそうである。
なお、このコンサートは救済活動支援を目的としたものであり、一般向けには宣伝が行われなかった。
山下洋輔(pf)、不破大輔(b)
第一部
1.山下洋輔solo
繊細な美しいメロディの中にふっと力強いタッチが挿入される出だしから、徐々に山下らしいパーカッシヴな演奏に。そこから、また静寂を伴った美しさへと回帰する。
大胆かつスケールの大きさを感じさせる、素晴らしいオープニングである。
2.不破大輔solo
一音一音、自らが奏でるベースの調べと語り合うような出だし。野武士のような不破の容貌を間近で見ていると、まるで大地と会話する農民の如き佇まいである。
大地に太い根を張ったような、腰の据わった低音がホールに響いた。
3.575
タイトルが示す通り、俳句のリズムをジャズに置き換えた曲。疾走する山下のピアノを不破のベースが追いかけるような展開は、まるで草原を駆ける二匹の小動物を見ているようである。自由なフレーズの中に、時折ハッとするような美しさが顔を出すのも刺激的だ。
そこから演奏はアグレッシヴな激しさを増して行き、まるで能狂言を思わせるような純邦楽的な世界へと駆け抜けて行った。
4.Elegy
二人のユニゾンが、微かに不穏の影を纏った甘美なメロディを紡ぐ。何処か劇番を思わせる音像に、ヨーロッパ的なロマンティシズムを感じる。不破の奏でるメインテーマのリフレインが印象的だ。後半に入ると、不思議なデカダンスさえ漂う。
構成自体は至ってシンプルだが、様々な音の表情が見え隠れする誠にスリリングなプレイである。
5.SPIDER
演奏前のMCで、山下は「この曲にはジンクスがあるんです。演奏した翌日、その町には毒蜘蛛が出るっていう」と笑った。果して、今日早稲田には毒蜘蛛が出現しているのだろうか?
転がるようなピアノと低音でグルーヴするベースが、ご機嫌にスウィングする冒頭。そこから演奏は一気にフリー化するが、饒舌な中にも解放感があって実に刺激的だ。パーカッシヴに畳みかける暴力的なまでのピアノ・プレイに、山下の真骨頂を見る思いがする。旋律が和風にシフト・チェンジすると、一気に視界が開けたようで目眩すら感じる。
不破のベース・ソロに急き立てられるような気分になると、再びグルーヴするテーマに戻ってフィニッシュ。本当に、もう最高の一言!
第二部
1.山下洋輔solo Memory Is A Funny Thing
山下の奏でるノスタルジックな旋律が、何とも甘美だ。そのシンプルにイノセントな音が、聴く者の心を打つ。後半の、やや饒舌な表情もいい。
2.不破大輔solo
凛とした孤高の音の中にほの見える、センチメンタルなフレーズ。こういう一見さりげないプレイにこそ、不破大輔というプレイヤーの非凡さを感じる。素敵な演奏である。
3.Blues
不破の顔を見た山下が「型のあるジャズのようなものでもやるか(笑)」と言って、この曲がスタート。その言葉通り、明るくスウィングするピアノとまるでスキップするように軽快なベース。聴いていて、自然と体がリズムを取ってしまう。そこに、不意打ちのようにフリーなフレーズが入ってくるのが、このデュオならではの楽しさだ。
自由闊達な山下のピアノとグルーヴィな不破のベースは、「ジャズのようなもの」などではなく、ジャズそのものである。これこそ、優れたデュオを聴くことの醍醐味だろう。
まさにジャズ的な対話であり、サニー・サイド・オブ・ジャズと喝采したくなる楽しい演奏だった。
4.My One And Only Love
「では、ジャズのようなものをもう一曲やろうか」と山下が言うと、奏でられるのは正統的なスタンダードの香り高き調べ。エモーショナルな中にもストイシズムを忘れないプレイにしびれる。本当に、この二人の音だけあればもう何も要らないと思える、圧倒的な説得力に聴き惚れる。研ぎ澄まされた大人の音楽である。
後半では、二人の持ち味ともいえるややアグレッシヴな展開を聴かせる。カタルシスを伴う美しさの極み的エンディングがあまりにも素晴らしく、溜息が出た。
先ほどの曲と対をなす、ナイト・サイド・オブ・ジャズの世界に酔いしれた。
5.Kurdish Dance
演奏を始める前に、この曲にまつわるエピソードを山下が披露。山下のペンになるこの曲が“本当にクルド人のダンス音楽なのか”というテーマで企画されたテレビ番組、「山下洋輔のクルド音楽紀行・流浪の魂を求めて『自作の曲のルーツは?クルド人の故郷・トルコ横断1600キロの旅』」(1998.3.25NHK総合)撮影時の裏話だが、これがもう本当に面白くも感動的だった。
ユニーク極まりない複雑なリズムを刻むベースに乗って、まるで自由を謳歌するかようにカラフルにしてフリーダムなピアノが炸裂する。奏でられるは、クルド人のダンス・ミュージックか、それとも誰も知らない森の奥で妖精が耽美的に踊るマジカルな舞踏曲か。
満を持して不破が聴かせる鮮烈なベース・ソロを経て、再び二人の演奏へ。時折入って来るドラマティックなフレーズに、耳を刺激される。情熱的なエンディングで、コンサート本編は幕を下ろした。
-encore-
ひこうき
澄み切った青い空が目の前に広がるような、印象的なイントロ。甘いノスタルジーを心に運び込む、イノセントなメロディ。どんな人の胸の奥にも秘められている大切な思い出のように、音楽が心に響く。そう、まるで初恋のように。
泣きたくなるほどの美しさに、胸が詰まった。
本当に素晴らしい曲であり、魅力溢れる最高の演奏である。
僕が今年聴いたライブの中で、間違いなく最高の演奏だった。それ以外に、一体何と表現すればいいのだろう…。
山下洋輔は、僕に日本のフリー・ジャズの扉を開いてくれたピアニストである。
そして、不破大輔は、僕に音楽的トランス状態を体験させてくれた唯一無二のベーシストである。
この、自分にとって特別なミュージシャン二人の磨き抜かれたデュオ演奏を手が届くくらい間近で体験できる至福。
本当に、素晴らしい時間であった。
山下さん、不破さん、そして実行委員の皆さん、本当にお疲れ様でした。