矢野顕子のさとがえるコンサートも今年で20周年を迎えた。去年行ったTIN PANとのツアーは大きな話題となったが、まだまだステージにかけたい曲がたくさんあるということで、今回のPartⅡが実現の運びとなった。それはそうだろう。1976年にリリースされた彼女のデビュー・アルバムにして名盤『JAPANESE GIRL』B面のバッキングから、TIN PAN ALLEY(細野晴臣、鈴木茂、林立夫、松任谷正隆)との付き合いは始まったのだから。
なお、松任谷正隆抜きのTin Panとしてこの三人が活動を再開したのは2000年のことで、僕は2000年12月20日にNHKホールで行われた「Tin Pan CONCERT 1975-2001」も観ている。
ちなみに、この府中の森芸術劇場 どりーむホールは、1996年にスタートした「さとがえるコンサート」が初めて行われた会場でもあり、コンサート自体が20年ぶりにこのホールに里帰りしたことになる訳だ。
矢野顕子(vo,pf)+TIN PAN:細野晴臣(vo,b),鈴木茂(vo,g),林立夫(ds)
このメンバーが同じステージに立っていると言うだけで、僕としてはすでに興奮してしまうのだが、アッコちゃんはいつものマイペースなふわっとした感じで演奏を始めた。曲は、デビュー・アルバムのA面1曲目「気球にのって」。続いては、最新アルバム『Welcom to Jupiter』から「そりゃムリだ」。
で、ある意味、ここからがこのコンサートならではの展開になる。矢野顕子とバッキング・メンバーとしてのTIN PANではなく、あくまでも矢野顕子とTIN PANという選曲になるからだ。
おかしな話だが、僕が9月19日に観た細野のコンサート「Boogie Woogie Holiday」 よりもこのコンサートの方が聴きたかった曲が演奏されたくらいである。
はっぴいえんどの曲や細野のソロ、あるいは2000年のTin Panのアルバムからもセレクト。もちろん、アッコちゃんの曲も歌われるし、他にも松本隆が作詞して演奏にティン・パン・アレイが参加したアグネス・チャンの「想い出の散歩道」や細野がプロデュースした西岡恭蔵『街行き村行き』収録の「春一番」も。
ちなみに、「想い出の散歩道」収録のアルバム『アグネスの小さな日記』には、ヒット・シングル「ポケットいっぱいの秘密」の別バージョンが収録されていて、カントリー・テイストに仕上げられたアルバム・バージョンはティン・パン・アレイのバッキング曲の中でも秀逸な出来である。
西岡恭蔵が歌う「春一番」は、文京公会堂で行われたはっぴいえんど解散後の再結集コンサート「CITY-LAST TIME AROUND」の模様を収録したライブ・アルバム『ライブ!!はっぴいえんど』(1974)にも収録されているから、そちらでご存知の方も多いことだろう。
今となっては、かつて読売ジャイアンツに在籍して「巨人史上最強の5番打者」と称された柳田“マムシ”真宏(俊郎)の説明から始めることになる「行け柳田」もやれば、まだアルバム未収録のチャーミングな新曲「Peace of Change」も歌うというバランスがいいし、気心知れたTIN PANメンバーとのリラックスしたユーモラスなやり取りも楽しい。
第二部のスタートで歌われたオジー・ネルソン・オーケストラの「わたしを夢見て」では、林立夫以外のメンバーが横並びで椅子に腰かけて演奏するというクロスビー、スティルス&ナッシュスタイルでのパフォーマンス。なお、オジー・ネルソンはリッキー・ネルソンの父親である。
TIN PANの演奏は、ノスタルジア・サーキット的なものとはまったく違うリアル・タイムの演奏でありながらも音の佇まいが不思議に70年代風で、聴いていて頬が緩んでしまう。恐らくは、鈴木茂のエレキ・ギターの音色がそう思わせるのだろう。
はっぴいえんどの曲に関しては、鈴木の持ち歌ばかりでなく大瀧詠一のボーカル曲も鈴木が歌唱していた。はっぴいえんど当時からやや線の細いボーカルを聴かせていた鈴木だが、歳を重ねたことで繊細さというよりもやや野卑な感じのボーカルが新鮮に響いた。
正反対に、細野は当時も今も淡々と味わいのある歌を披露。まさに、和製ジェイムズ・テイラーである。「恋は桃色」の朴訥さなんて、最高だ。
ただ、アッコちゃんの曲以上にはっぴいえんど関連の曲に重きを置いたようなセット・リストでも、コンサート・トータルで見るとやはりそれは紛れもなく矢野顕子のコンサートであった。
卓抜したピアノ演奏に関しては、デビュー当時からすでに定評があったし、フリーキーなくらいに自由度の高い個性的な歌唱も彼女ならではだが、「実は、矢野顕子の本当の凄さって、ダイナミズムに溢れたリズム感にあるんじゃないか」と強く感じたライブだった。
それを心底思いしらされたのが、彼女のソロピアノで歌われた「春一番」である。本当に、素晴らしい演奏であった。
コンサートの本編は、彼女の代表曲「ひとつだけ」(収録アルバム『ごはんができたよ』のバッキングはYMO)でいったん終了し、アンコールで歌われたのは前述した「恋は桃色」とサビの部分を会場と一緒に歌ったはっぴいえんど時代の細野の代表曲「風をあつめて」であった。
長きにわたってキャリアを積み重ねてきた才能あるミュージシャンたちならではの、音楽的至福に満ちた一夜であった。
【セット・リスト】
第一部
1.気球にのって/矢野顕子『JAPANESE GIRL』(1976)
2.そりゃムリだ/矢野顕子『Welcom to Jupiter』(2015)
3.氷雨月のスケッチ/はっぴいえんど『HAPPY END』(1973)
4.想い出の散歩道/アグネス・チャン『アグネスの小さな日記』(1974)
5.抱きしめたい/はっぴいえんど『風街ろまん』(1971)
6.Peace of Change/新曲(2015)
7.香港ブルース/細野晴臣『泰安洋行』(1976)
8.行け柳田/矢野顕子『いろはにこんぺいとう』(1977)
第二部
9.Dream a little Dream of Me/Ozzie Nelson Orchestra(1931)
10.相合傘/はっぴいえんど『HAPPY END』(1973)
11.春一番/西岡恭蔵『街行き村行き』(1974)
12.Welcom to Jupiter/矢野顕子『Welcom to Jupiter』(2015)
13.Queer Notions/Tin Pan『Tin Pan』(2000)
14.颱風/はっぴいえんど『風街ろまん』(1971)
15.花いちもんめ/はっぴいえんど『風街ろまん』(1971)
16.変わるし/矢野顕子『akiko』(2008)
17.ひとつだけ/矢野顕子『ごはんができたよ』(1980)
-encole-
18.恋は桃色/細野晴臣『HOSONO HOUSE』(1975)
19.風をあつめて/はっぴいえんど『風街ろまん』(1971)