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宝積有香プロデュース公演『前向きな人たち』

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2015年12月11日、Atelier fanfare高円寺で芸能活動二十周年記念 宝積有香プロデュース公演『前向きな人たち』を観た。



原案は宝積有香(スターダストプロモーション)、脚本・演出は大池容子(うさぎストライプ)、舞台監督は高橋亮(Outside)、美術は門馬雄太郎、照明は桜かおり、音響は権藤まどか(STAGE SOUND)、演出助手は金澤昭(うさぎストライプ)、チラシデザインは青井達也(Northern Graphics)、チラシ撮影は星野麻美、Webデザインは車聡太郎(デライト・フルアーツ株式会社)、撮影は橘稔・大極啓太(有限会社TAPROOT)、制作は松嶋理史(株式会社エクイステージプロダクション)、制作協力は米山範彦(株式会社c-block)、主催は株式会社ホウシャク、協力は株式会社スターダストプロモーション・うさぎストライプ・株式会社infini・株式会社オフィス北野・有限会社レトル・株式会社ポイントラグ・茶柱日和・シャク&リハビリーズ
宣伝コピーは「ひとつも上手くいかないけれど、私たちは生きていく。」
本作は、宝積有香が兄の身に起こった出来事を原案に起こした話だそうである。


こんな物語である。

高校時代から仲間たちとバンドを組んで歌っていた岸谷真奈美(宝積有香)は、自動車事故に遭って足に大怪我を負う。ところが、運び込まれた病院の対応はまったく誠実さを欠いたもので、医師の渋沢(中丸新将)はまともな治療一つしない。
業を煮やした弟の雄貴(高木心平)は渋沢や看護師に噛みつくが、暖簾に腕押し。バンド・メンバーで真奈美の恋人でもある石井太一(お宮の松)は、なだめるのに一苦労だ。

そんな状況は、意外な人物が打開してくれた。危険人物として太一や雄貴は毛嫌いしているのだが、かなりストーカーの入った真奈美の熱烈な追っかけファンで有名大学病院長を父親に持つ横山(亀山浩史)が、その大学病院に転院する便宜を図ってくれたのだ。
元来が屈託のない真奈美は横山のこともウェルカムで、太一や雄貴が嫌な顔しても何ら気にすることはない。
すると、現金なもので渋沢は掌返しでいきなり態度が豹変。その節操無さが、雄貴の怒りを増幅させた。

すったもんだの末に、真奈美は転院した。相変わらず片足はギブスと包帯で痛々しく感覚がまったく戻らないが、彼女は普段とまるで変わらず前向きで底抜けに明るかった。その姿が、太一や雄貴には逆に痛々しくもある。
今度の主治医は、やや優柔不断そうだが若くて誠実な秋元(柴博文)という医師だった。同じ病棟には、腰を痛めて入院している保険外交員の加藤(山素由湖)という気のいい中年女性がおり、真奈美のいい話し相手になった。
相変わらず横山も頻繁に見舞いに来ており、いつしか太一や雄貴も彼のことを受け入れざるを得なくなった。

真奈美の足は思いの外深刻で、リハビリで若干の回復はあるものの元には戻らないと秋元から告げられる。それでも、彼女は何ら動じることなくベッドで熱心に曲作りを続けている。姉に強さに、雄貴は驚きと戸惑いがない交ぜになる。
しかも、今でも付き合っていて結婚するのも時間の問題だと思っていた太一が、実はすでに真奈美と別れており、同じバンドでキーボードを担当している女性と結婚することになっていたことを知らされ、雄貴はますます混乱する。
常に状況を受け入れて明るく振る舞い、時には病院内でバカ騒ぎまでして見せる真奈美の強さに、周囲は巻き込まれて行く。彼女たちの病人らしからぬ態度をたしなめる立場の看護師・相馬夏子(難波なう)まで。

そんな病院に、ちょっとした事件が持ち上がる。渋沢が、前の病院から異動して来たのだ。彼は、加藤の担当医となり、しばしば真奈美たちの病室にも何食わぬ顔で姿を見せる。もちろん、雄貴はいきり立つが、当の真奈美はさほど気にしていない風だった。

しかし、一貫して前向きな姿勢を崩さなかった真奈美も、その内面は激しく揺れ動いていた。
淡々とマイペースに明るく振る舞っていた真奈美は、ある時渋沢に向かってきっぱりとこう言い放った。金輪際、医師として仕事するな!と。
彼女は、これまで必死に心の中に溜め込んでいた怒りと悲しみを、せきを切ったように渋沢にぶちまけるが…。


まず、この物語そのものが実話に基づいている訳だから、それだけでもある種の説得力を持っている…と思う。
それを、企画した宝積有香が自らを主人公に、「兄と私」の話を「私と弟」の話にトレースして演劇的な距離を取ったことが、言ってしまえばひとつの技ありという気もするし、内面を吐露する部分を、あえてスタンド・マイクを設置して語りかける演出手法に、うさぎストライプの大池容子的な技巧を感じる。
この作品の一番の難しさは、実話に基づくエピソードをその当事者が演じてみせるというある種「再現ドラマ的構造を、どう演劇的に昇華させるか…」ということに他ならない。
要するに、リアルと娯楽的フィクションの距離の取り方とでも言えばいいだろうか。
宝積と大池の志は買うものの、上手くいっている部分もあるが気になる個所も随分と目についたように思う。



先ず気になったのは、物語のエンジン的なキャラクターとして機能する雄貴役を演じた高木心平の前のめり過ぎに突っ込んだ演技である。そして、雄貴と真奈美を繋ぐ緩衝剤的な存在の石井太一を演じたお宮の松の演技的軽さも感心しなかった。
ラスト前まで、ひたすら前向きに悠然と構える真奈美という存在を軸にした舞台だから、彼女を取り巻く周囲の登場人物たちの行動で物語は展開して行くのだが、最も重要な人物二人の演技に粗さや拙さを感じてしまい、今ひとつ観ていて集中できなかった。
頻繁に雄貴がかける、あまりに下らない渋沢医師への嫌がらせの電話のくすぐりも含めて。

そして、あまりにもステロタイプ的に設定された渋沢というヒール役の造形もどうかと思う。演じた中丸新将が、サザンオールスターズ「シュラバ★ラ★バンバ」をバックに独白するシーンの中途半端な突き抜けなさも歯痒い。

ヒロインの宝積有香の若々しいキュートな演技はなかなかに見せるが、それでも要所要所での単調さは気になった。山素由湖の演技はやや型にはまった部分があるものの、作品的なアクセントになっていたと思う。
ナイーブな医師・秋元役の柴博文は健闘していたし、うさぎストライプでの芝居では演技に硬さを感じる亀山浩史が意外にも適役でちょっと見直してしまった。

ただ、僕が個人的に一番印象に残ったのは看護師・相馬夏子を演じた難波なうである。割と地味な佇まいで齢二十歳の若手女優だが、夏子というキャラクターの造形の良さも相俟って、とても舞台上で生き生きして見えた。ある意味、本作の中で一番“舞台上で生きていた”のは、彼女だったように思う。
また、この人が出演する舞台を観てみたいな…と思ったくらいである。



前述したとおり、物語は大ラスで一気に真奈美が感情を爆発させた後、全員参加でライブ演奏を展開して終幕する。まあ、ドラマ構造としてはこういう定番のラストにするしかないのだろうが、もう少し「大池容子ならでは!」と思えるような演出がなかったかな…と思ったのも事実である。



本作は、ちょっとだけ不思議で前向きな気持ちにもなれる作品ではある。
それだけに、もう少し演劇的なマジックを感じられるサムシングが欲しかったように思う。

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