ちょっと遅れましたが、新年といえばこの企画ということで再発CDアワード。そんな訳で、去年一年間のCD再発市場を振り返ってみたい。
基本的にはCD売り上げは相変わらず低調で、再発の企画にも目新しいものはない。もはや研究者向けとしか思えないような重箱の隅突きまくった拡張版BOXとか、新素材を使った高音質盤とか、廉価盤再発とか、オリジナル・アルバムをすべて紙ジャケ化した廉価BOXとか。
それから、近年目立っているのが放送音源のCD化で、このあたりの版権がどうなっているのか気になるところだ。ローリング・ストーンズが、自身でDVDとCDをセットにしてファンには有名な名ライヴをアーカイヴ化しているのが目を引くところだろう。
2015年の再発シリーズについて言及すると…。
個人的に嬉しかったのは、泉谷しげるポリドール時代、一度は再発が中止となっていた坂本龍一のMIDI時代、ホルガー・シューカイの1980年代作品群。
英米以外のマニアックなプログレッシヴ・ロックを積極的にリマスター再発しているMARQUEE INC.からは、ベルギーのチェンバー・アヴァン・ロック・バンドX-レッグド・サリーや、R.I.O.の急先鋒バンドだったヘンリー・カウとカウのギタリストだったフレッド・フリスの名作群の紙ジャケット再発が嬉しかった。
プログレといえば、来日もしたキング・クリムゾンのアーカイヴ・ライブ三種も、内容はもちろん素晴らしいが、このシリーズとしては特質すべき音質だった。
メジャーに目を向けると、ようやくレッド・ツェペリンのリマスター・シリーズが完結した。
タワーレコード限定再発は、2015年も独自の視点で魅力的なラインナップが揃っていた。和物というと、このところ昭和歌謡の旧作群や邦画のサウンドトラックが、「和物グルーヴ」というクラブ視点で再評価されているのも興味深い。
恐らくは、ある程度昭和の日本ジャズがディグされて来たので、次のネタ探しといった狙いもあるように思う。
では、2015年の再発で個人的に印象に残ったものを順不同で挙げておく。
○ 大滝詠一 / NIAGARA CD BOXⅡ
2011年にリリースされたBOXⅠの続編で12枚組の本作は、大滝が『ロング・バケーション』でようやくブレイクした後の作品が収録されている。アナログ時代に色々なフォーマットでリリースを行って来たナイアガラならではの作品も多く、当時を知らないファンにはやや不思議な音源も収録されていると思うが、リアル・タイムであの時代を過ごした者にとっては、まさしく宝物だろう。去年の再発CDアワード にも書いた通り、本ボックスの『EACH TIME』にはドラマチックなエンディングの「レイクサイドストーリー」オリジナル・バージョンが収録されている。
そして、大滝が急逝してから2年が経った今年の3月21日、何と新作「BEDUT AGAIN」のリリースがアナウンスされている。
○ 吉田美奈子 / in motion
タワーレコード限定の好企画「TAMOTSU YOSHIDA REMASTERING」シリーズの一枚で、当時ALFAレーベルからリリースされたライヴ盤。もちろん、他のスタジオ作もすべて再発された。
数年前にもALFA時代の作品は紙ジャケで再発されていたのだが、その時はろくにリマスタリングされず音圧もしょぼい代物だったが、今回は理想的な形での再発となった。この時代の美奈子はいわゆるファンク・エラで、最高にグルーヴィーな音が詰まっている。
なかでも、六本木ピット・インで収録された本作は、その最高峰だろう。一曲目「愛は思うまま」のカッコよさといったら…。
言うまでもなく、エンジニアの吉田保は美奈子の実兄である。
○ WHITE PLAINS / THE DERAM RECORDS SINGLE COLLECTION
フラワー・ポット・メンが発展してこのグループになったことは、VANDA系ソフト・ロック好きにはつとに有名な話である。ソングライター兼プロデューサーで参加したロジャー・グリーナウェイは、もちろんクック=グリーナウェイで数々のヒット曲をものにしたソングライター・チームの彼である。
良質なブリティッシュ・ハーモニー・ポップスの宝庫であるホワイト・プレインズは、これまでにもCD化されているが、如何せん音質もパッケージも購買意欲をそそらない代物であった。
ようやく、このコンピレーションで長年の不満が解消された。ソフトロック・ファンなら迷わず買うべき一枚である。
○ HOLGER CZUKAY / ON THE WAY TO PEAK OF NORMAL
CAN時代の諸作や初期の2枚は順調に再発が進んでいたが、名盤『ムーヴィーズ』以降の80年代作品はなかなか再発されず、2014年に一度アナウンスされたもののなぜか発売中止になってしまった。それが、ようやく再発の運びとなった。
内容としては、ホルガー・シューカイらしい浮遊感のある独特の音世界で『ムーヴィーズ』が好きな方には必ず気に入ってもらえるはずだ。他にも、『DER OSTEN IST ROT+ROME REMAINS ROME』とコンピレーション盤『11YEARS INNNERSPACE』がリリースされた。
次は、『FULL CIRCLE』の再発に期待したいところである。
○ 藤原秀子 / 私のブルース
五つの赤い風船の紅一点、藤原秀子が1970年にURCから発表した唯一のソロ・アルバムである。本作の特徴は、五つの赤い風船のリーダーである西岡たかしが関わっておらず、元ジャックスの木田高介と五つの赤い風船からは東祥高が参加していることだろう。
ジャジー、ブルース、歌謡フォーク調といった多彩なサウンドに乗って、ベタつかず適度に洗練されたクールな歌唱を聴かせる本作は、非常に魅力的。
今の耳で聴けば、プロテスト・フォークとニュー・ミュージックをつなぐような作品といってもいいだろう。
7曲のボーナス・トラックもそれぞれに聴き応えがあり、決定版的な再発となっている。
○ GEORGIE FAME / COOL CAT BLUES
このところジョージィ・フェイムの再発も盛んになり、ほとんどの作品がリマスター再発されているが、本作はベン・シドランのGO JAZZから1991年リリースされた移籍一作目。
豪華ゲスト・ミュージシャンを迎えて製作された本作は、ジャズとブルースをミックスしたGO JAZZならではの洗練されたサウンドが耳に心地よい。
すべてのトラックが聴きどころという充実した内容だが、「どれか一曲」と言われれば僕なら迷わずヴァン・モリソンとの渋いデュエットを聴かせる「ムーンダンス」で決まりだ。
まさに、いぶし銀的大人の一枚である。
○ エミー・ジャクソン / 涙の太陽
CM曲にも使われ、安西マリアのカバーでもお馴染みのヒット・シングル「涙の太陽」を収録したアルバム。1993年に一度CD化されたものの廃盤となり、その後は「オンデマンドCD」(CD-R)で流通していた。
今回は、待望のデラックス・エディション盤で、もちろんリマスタリングが施された決定版。ブルー・コメッツが全面的に参加した本作は、和製ガレージ・サウンドとガールズ・ポップスが混在したこの時代ならではのサウンドがユニークで魅力的である。
○ LED ZEPPELIN / PRESENCE
言うまでもなく、1970年代で最も成功を収めたハード・ロック・バンドだが、ここ数年ジミー・ペイジが自ら取り組んできたリマスター再発がついに完結した。ほとんどのアルバムが傑作の彼らだが、個人的には代表曲「天国の階段」を収録した4枚目と並んで好きなのが、後期の代表作『プレゼンス』である。
ロバート・プラントがロードス島で自動車事故を起こし、まさに絶頂期を迎えていたバンドは、ツアー中止を余儀なくされてしまう。
プラントは車椅子生活のままだったが、メンバーは思うように活動できなかったストレスを本作にぶつけ、その熱に浮かされたような性急さが本作の勢いになっている。
A面1曲目「アキレス最後の戦い」はまるでプログレのような10分半の大曲だが、一切ダレることなく圧倒的なテンションで走りきってしまう壮絶さ。他のトラックも聴きどころ満載だが、セールス的にはなぜか最も低調であった。
いずれにしても、本作は彼らの最後のピークを記録したハード・ロックの金字塔的作品である。
○ DAVID BOWIE / FIVE YEARS 1969-1973
ニュー・アルバムをリリース直後にもたらされたボウイの突然の訃報には、世界中のロック・ファンが言葉を失った。もちろん、僕もその一人である。
デビューから一貫して変化し続けたロック界最大の偉才の一人デヴィッド・ボウイは、特定のサウンド・スタイルを持たないことが個性という希有な存在でもあった。
最も有名なのは、ジギー・スターダストを名乗り奇抜で個性的な衣装と宇宙人的に美しいルックスでシアトリカルなステージを展開したグラム・ロック時代だろう。その後の彼は、ソウルに傾倒したサウンドでアメリカでもブレイクを果たしたかと思えば、ベルリンに渡ってブライアン・イーノと先鋭的なアルバムを製作し、MTV全盛時代にはナイル・ロジャースのプロデュースで「レッツ・ダンス」を大ヒットさせた。
この12枚組は、出世作となった2ndアルバム『スペース・オディティ』から異色のカバー集『ピンナップス』までの初期グラム時代を総括したボックス・セット。内袋やレーベルも再現した丁寧な作りで、今一度彼の偉業を振り返るにはうってつけのボックスである。
なお、タイトル「ファイヴ・イヤーズ」が5年間の活動と名作『ジギー・スターダスト』のA面1曲目をかけているのは言うまでもないことだろう。
○ 松任谷正隆 / 夜の旅人
あまり話題になることもない地味な再発だと思うが、個人的にはずっと待っていたアルバムである。1995年にQ盤シリーズの1枚としてCD化され、それ以降は2001年に『ティン・パン・アレー&メンバーズ』というボックスの一枚として発売されていた。ようやくの単体リマスター再発である。
1977年にリリースされた本作は、マンタ唯一のソロ・アルバムだが、彼の幅広い音楽性と洒脱で懐深いソングライティングが印象的な一枚。すべての曲に詞を提供しているのは、愛妻ユーミンである。
「Hong Kong Night Sight」は、まさしく松任谷正隆の真骨頂といえる洗練された良質なサウンドが光る。
それなりに話題作もあるにはあったが、やはり2015年も再発マーケットも地味な印象であった。
いよいよCDというフォーマットの売り上げも頭打ちの状態故、2016年はパッケージや企画性に新たなる基軸を期待したいところである。