Quantcast
Channel: What's Entertainment ?
Viewing all articles
Browse latest Browse all 230

岩井俊二『リップヴァンウィンクルの花嫁』

$
0
0

2016年3月26日公開、岩井俊二監督『リップヴァンウィンクルの花嫁』



エグゼクティブプロデューサーは杉田成道、プロデューサーは宮川朋之・水野昌・紀伊宗之、原作は岩井俊二『リップヴァンウィンクルの花嫁』(文藝春秋刊)、脚本は岩井俊二、撮影は神戸千木、美術は部谷京子、スタイリストは申谷弘美、メイクは外丸愛、音楽監督は桑原まこ、制作プロダクションはロックウェルアイズ、配給は東映。
宣伝コピーは「この世界はさ、本当は幸せだらけなんだよ」


こんな物語である。一部ネタバレするので、お読みになる方は留意されたい。

皆川七海(黒木華)は、教師を目指しているが正式採用されず、派遣教員として不安定な仕事をしている。もちろん、それだけでは生活が苦しいためスカイプで登校拒否になった子のインターネット家庭教師や、コンビニでのアルバイトを掛け持ちしている。
日々たまる鬱憤やもやもやをマイナーなSNSサービス「ランバラル」につぶやくことが、彼女のささやかな息抜き。七海のHNはクラムボンだ。



ネットで知り合った鶴岡鉄也(地曵豪)と意気投合した七海は、鉄也と結婚することに。彼もまた、教師をしていた。
付き合い始めた当初、七海は結婚しても教師の仕事を続けるつもりだったが、今の学校で更新をしないという連絡を派遣会社から受ける。七海の態度が自信なさげで、生徒たちになめられていたことが原因のようだった。
そんなこともあり、七海は寿退職を理由に教壇を去ることにしたが、最後の最後まで生徒たちの態度は彼女に対して冷酷だった。おまけに、教師の職を辞したことを「自分には、何の相談もなく」と鉄也は面白くなさそうに言った。
ある時、鉄也が自分の妻のアカウントとは知らずにクラムボンのコメントを読んでいることを知り、七海は慌てて「カムパネルラ」というアカウントを作り直した。




結婚式に招待する親族・友人の人数のことで、七海はちょっと困ったことになる。知人の多い鉄也と違って、彼女にはほとんど呼べるような人がいなかったのだ。おまけに、父の博徳(金田明夫)と母の晴海(毬谷友子)は離婚していた。そのことすら、彼女は鉄也に話せずにた。
困った七海は、ランバラルで友達になった安室行舛(綾野剛)にネット上で相談する。安室は、代理出席を斡旋するサービスがあると教えてくれた。七海は安室と会ってみた。
すると、彼自身がアズナブルという便利屋を経営しており、ランバラルの友達だから、と言って格安で結婚披露宴への代理出席者を斡旋することを請け負ってくれた。




鶴岡・皆川両家の結納も粛々と行われたが、派手で破天荒な晴海を見て、息子のことを溺愛するカヤ子(原日出子)は、あからさまに顔をしかめた。
一方、七海は鉄也とカヤ子の関係性にマザコン的な匂いを感じていた。
派手派手しい演出の施された結婚式は、つつがなく終わった。安室の仕込みは、きわめてそつのないプロの仕事だった。





新婚生活は、淡々としたものだった。ところが、ある日事件が起きる。鉄也が仕事に出ている昼間、七海の家に高嶋優人(和田聰宏)という男が訪ねてきた。高嶋は、鉄也が自分の妻と浮気しているのだと言った。七海に卒業アルバムを持ってこさせると、高嶋は一人の女子生徒の写真を指差した。
とりあえず、憔悴しきった表情で高嶋は帰って行ったが、七海には思い当たる節があった。先日、部屋掃除していると女もののアクセサリーが落ちていたのだ。

その日以来、七海と鉄也の間はどこかギクシャクしたものになっていった。数日後、高嶋から呼び出された七海は、とあるホテルの部屋にいた。高嶋は、鉄也への意趣返しに自分と関係するよう七海に迫った。
窮地に陥った七海は、トイレに入って安室にランバラルで助けを求める。安室は、すぐに駆け付けるからバスルームに逃げ込んで時間を稼いでくれと言った。
言われたとおり、七海はバスルームに入って内側から鍵をかけた。高嶋は、「奥さん、一緒に入りましょうよ」と言ってドアをガチャガチャさせたが、諦めたようで音はしなくなった。

ところが、安室が到着すると出迎えた高嶋は「もう、どうしようかと思いましたよ」と泣きそうな顔で訴えると、いそいそと部屋から出て行った。
そんなこととは夢にも思わず、安室の到着を知ってバスルームから出てきた七海は、へなへなと床に座り込むのだった。

鉄也の実家を訪れた七海は、カヤ子から呼び出された。カヤ子は険しい顔で、結婚式に参列した七海のお客が代行サービスのサクラだったことを責めた。
そればかりか、彼女は険しい顔でスマホの動画を突き付けてきた。そこには、七海と高嶋がホテルの一室で揉み合っている姿が映し出されていた。七海には、何が何だかさっぱり分からず、言葉を失ってしまう。
カヤ子は、その場で七海を家から追い出すと、タクシーを呼んで彼女を押し込み、息子とは離婚して実家に帰れと吐き捨てた。運転手に万札を握らせると、カヤ子は車を発進させるよう命じた。

一度東京の家に戻った七海は鉄也と携帯で話し、浮気したのはそっちの方ではないかと責めるが話が全く噛み合わず、結局離婚することになった。
安室にそのことを話すと、安室は別れさせ屋の仕業だろうといった。安室に言われてもう一度卒業アルバムを確かめてみると、浮気相手と高嶋が指し示した女の子の写真がどうしても見つからなかった。
もはや何を信じればいいのか分からなくらった七海は、キャリーバックに必要最低限のものだけを詰め込み、家を出た。




呆然自失の体で歩いていた七海の携帯に、安室が電話してきた。「今、どこにいるんですか?」と尋ねられた七海は、「あれ、今私どこにいるんだろう?」とつぶやいた。どんなに辺りを見回しても、今自分がどこを歩いているのか、彼女にはさっぱり分からなかった。




目に入ったビジネスホテルに転がり込んだ七海は、とりあえず泥のように眠った。翌朝、七海はビジネスホテルの従業員にここで働かせてもらえないかと掛け合い、雇ってもらった。
七海のことを心配して、安室が連絡してきた。とりあえずの現状を説明した七海に、安室はバイトを斡旋してくれた。それは、結婚披露宴代理出席の仕事だった。





披露宴当日、七海は他の代理出席者たちと即席の疑似家族を演じた。バイトが終わると、七海は疑似家族を演じた他の四人と軽く打ち上げした後、本業は女優をしているというエキセントリックでパワフルな里中真白(Cocco)と二人で二次会に行った。
店を出て人ごみの中を歩いていた七海がふと振り返ると、真白の姿は消えていた。七海は、ランバラルの真白のHN「リップヴァンウィンクル」にコメントすると、帰路につくのだった。

そんなある日、また安室が現れて月100万稼げるバイトがあるからと言った。今すぐビジネスホテルの仕事を辞める訳にはいかないと七海は言ったが、強引なやり方で安室は七海にバイトを辞めさせてしまう。
安室が紹介したバイトとは、所有者が海外出張中の家に住み込むハウスキーパーの仕事だった。その屋敷は途轍もない広さで、しかも先ほどまでパーティーでもしていたかのように物が散乱していた。
七海は、半信半疑でバイトを始めるが、この家にはもう一人雇われている女性がいた。真白だった。
二人は、不思議な共同生活を始めるが…。


映画の冒頭、街角で待ち合わせの相手を待つ黒木華を捉えた映像、流れるクラシックの感傷的なメロディ…それだけで、岩井俊二の映画的たたずまいが強靭に立ち上がってくる。その鮮烈さに、劇場の暗がりの中で映画と対峙することの特別さを思わずにいられない。「ああ、僕は今、岩井俊二監督の映画を、スクリーンで観ているんだな」という、確たる手応えを感じる訳だ。

そして、映画は、夢想的な儚さと現実的な冷酷さや醜さとの境界を行き来しながら、やがてすべてを曖昧に飲み込むようにして進んでいく。
その曖昧さの象徴のように僕が感じたのが、登場人物たちが仮初のつながりを持っているSNSツール「ランバラル」である。ある意味、本作で描かれる七海を取り巻く世界は、そのまま現代のネット社会が抱える曖昧な不確かさそのもののように映る。
七海が体験する理不尽な残酷さや、彼女の前に現れる正体不明の人々、彼女が翻弄される虚実ないまぜの情報に至るまで…。
それは、披露宴の代理出席で出会った疑似家族を演じた人々、中でも真白という存在に象徴されているようにも思える。それが、実に今を描いた映画的である。

ただ、なぁ…と、僕は思ってしまう。

物語を常に動かす人物、安室という男の行動が、僕にはどうにも腑に落ちないまま映画が終わってしまった。結局のところ、この人物は何なのだろう?もちろん、この男の存在こそが本作におけるフィクショナリズムだと思うし、彼に導かれるように七海という女性が新たなる人生の扉を開けることになる訳だけど、それにしてもな…と。
そして、何ら疑念を抱くことなく安室にすがりつき、無条件に彼の言動を信用して行動する七海の姿も、僕は見ていて映画の中盤あたりからいささかしんどくなってしまった。




その一方、まるで疑似恋愛のような関係に陥る七海と真白の姿を映し出す物語後半は、「これぞ、岩井映画!」と唸ってしまうような耽美的映像にめまいすら感じる。これこそ、本作における劇薬的な甘美さに他ならない。
ウェディング・ドレスに身を包んだ二人が、戯れキスするシーンの透明感と妖しさには、得も言われぬ寓話的エロティシズムのほとばしりがあった。




そこから物語は衝撃的な展開を迎えるのだが、実はAV女優だった真白の告別式シーンで故人を悼み同業者たちが会話するシーンにも、正直僕はちょっと首を傾げるところがあった。
AV女優という仕事についてあるいは真白という女性について同業者たちが思いの丈を吐露する場面で語られる言葉には、切実さとシリアスな過酷さとある種の諦念と徒労感が漂う。それは、もちろん一面の真実だろうけれど、この映画であえて説明的に語られる必要があったのだろうかと思ってしまうのだ。
というのも、生き急ぐように仕事に没入する真白の壮絶さは、告別式でのシーンをあえて挿入せずとも僕には十分伝わっていたからだ。

それはそれとして…ということになるが、告別式のシーンには真白の同僚として、森下くるみ、倖田李梨、若林美保、岸崎ジェシカ、希島あいり、希美まゆ、桜井ちんたろうといった元も含めてAV業界の人たちが登場する。そして、森下と倖田の話す科白にはリアルな説得力がある。
僕はピンク映画を中心に活動している倖田のことが好きでずっと追いかけているのだが、短いシーンだけど倖田の演技に彼女の個性がちゃんと出ていたことが嬉しかった。
真白のマネージャー恒吉冴子は、映画後半のキーパースンの一人だが、冴子役を熱演する夏目ナナは、2004年から2007年に大変な人気を誇った元AV女優である。

終盤、真白と絶縁した母・珠代役でりりィが登場するが、彼女の鬼気迫る演技には言葉を失ってしまった。ただ、真白の遺骨を引き取ってもらうために安室と七海が珠代のアパートを訪ねる場面自体は、あまりに過剰なセンチメンタリズムを感じてしまい、鼻白むところも無きにしも非ずだったが。

七海が新たなる人生に向かってささやかなる一歩を踏み出そうとするところで、映画は終わる。さわやかで素敵なシーンではあるけれど、上述したようなわだかまりが自分の中でくすぶっているので、僕は全面的にその感傷的なラストに浸りきることができなかった。

結局のところ、僕にとってこの映画の魅力といえば、あまりに圧倒的な黒木華の演技であった。本当にもう、彼女に尽きる。あまりに巧すぎて、まったく演技に見えなかったくらいだ。
とりわけ、キャリーバックを引きながら憔悴しきった表情で見知らぬ町を彷徨い歩くシーンの凄さには、息を飲むしかなかった。




Coccoの全身から発せられるオーラのような凄みも、胸に迫るものがあった。

ただ、僕が安室という存在自体に首を傾げていたこともあるとは思うのだが、綾野剛の演技にトゥー・マッチな作為が感じられてしまい、そのことでどうにもこの作品に入り込めないもどかしさが最後まで付きまとったのが残念である。
余談ではあるけれど、七海の友人役で前半に登場する玄理の演技が印象的だった。



本作は岩井俊二らしさにあふれた力作だし、彼のファンには十分に満足できる作品だと思う。
そして、あくまで僕にとってこの映画は、黒木華という女優の凄まじさを叩き付けられたという一点において途轍もなく衝撃的であった。


Viewing all articles
Browse latest Browse all 230

Trending Articles