2017年10月7日、伊勢佐木町のTHE CAVEで水素74% vol.8『ロマンティック♡ラブ』千穐楽を観た。
作・演出:田川啓介/照明:山口久隆/衣装:正金彩(青年団)/宣伝美術:根子敬生(CIVIL TOKYO)/宣伝写真:伊藤祐一郎(CIVIL TOKYO)/技術協力:工藤洋崇/当日運営/横井佑輔、足立悠子(ブルドッキングヘッドロック)
制作:水素74%/協力:ウォーターブルー、青年団、ブルドッキングヘッドロック、レトル
なお、当初出演していた板倉花奈(青年団)は怪我のため降板し、新田佑梨(青年団)が代演となった。
こんな物語である。ネタバレするので、お読みになる方は留意されたい。
デリヘル嬢のマユ(しじみ)に入れあげる田中(圓谷健太)は、頻繁に彼女を指名しているがマユのことが好きすぎて性的行為に及ぶことができず、ただ会話して無駄にデリヘル代を消費している。マユにとっては、言ってみれば都合のいい上客だ。
だが、それだけでは飽き足りなくなった田中は、意を決してマユを口説きにかかる。最初こそやんわりかわそうとしていたマユだったが、次第に田中は金のことをぐちぐち言い始め、仕舞いには土下座までして付き合ってくださいと懇願し出す始末。
逃げ切れなくなったマユは、渋々田中とデートする約束をしてしまうのだった。
デート当日。マイカーを運転してきた田中は、バーでもノンアルコールで通したがマユは結構酔っていた。その帰り道。運転したいと言い出したマユの言葉に押されて、田中は彼女に車を運転させてしまう。
ところが、マユが運転する自動車はお婆さんをひっかけてしまう。慌てて田中は車を降り、マユに携帯で救急車を呼ぶよう迫るが、マユは携帯を出そうとせずあろうことか田中に「お婆さんなんて轢いてない、あれは犬よ。ね、そうでしょ」ととんでもないことを言い出す。
結局はマユに押し切られ、今二人は田中のアパートにいた。「あんなことになって、一人でなんていたくない」と言うマユは、田中のベッドに腰かけて「ねえ、今夜泊まって行ってもいい?」と甘い声を出した。
非常事態だというのに、マユの甘言に翻弄されっ放しの田中は、「ベッドはマユちゃんに使ってもらうとして、俺はどこに寝ようかな…」を期待半分にわざとらしくおどおどした。
マユは、こともなげに「ベッドで一緒に寝ればいいじゃない。それでなきゃ、意味ない」と答えた。そして、マユは科を作って田中に抱き着くと、あの車は田中さんが運転していたことにしてほしいと色仕掛けで迫ってきた。
そんなことを引き受けたらとんでもないことになると頭では分かっているのだが、惚れた弱みというか下半身の疼きというか、田中はまたしても彼女に押し切られてしまう。
おまけに、その晩二人は五回戦までこなした。それが、田中のロスト童貞でもあった。
田中は、マユの身代わりになって懲役二年の刑を言い渡される。口止めしなければならないマユは書きたくもない手紙を書き、会いたくもないのに面会に足を運んだ。会うたび田中は疲労の度を深め、愚痴と不満がだんだん増えて行った。
デリヘル嬢はやめてほしい、手紙の便箋がおざなりなものを選んでいる、本当に自分のことを好きなのか、今マユは外で何をやっているのか、俺のことをどう思っているのか、二年も待ち続けてくれるのか、不安だ、酷い環境で我慢ももはや限界だ…等々。
さすがに、マユはこの冴えない男のことがただ鬱陶しいだけのウザイ奴にしか感じられなくなってきた。しかも、何でメールやLINEのご時世に、自分はしち面倒臭い手紙なんか書かなければいけないのか…。
すっかり嫌気がさしたマユは、自分の身代わりで懲役を背負ってくれた田中のことを、いとも容易く捨ててしまう。手紙なんて、もう書きたくもないというその一心で。彼女が最後に書いた手紙は、別れ話だった。
一方的に田中を切ったマユは、ちゃっかりと新しい生活を始めていた。自分とはかなり年の離れた中年男で、食堂を経営する山田(近藤強:青年団)と結婚したのだ。山田はバツイチで、前妻との間に和子(新田佑梨:青年団)という高校三年生の一人娘がいた。
山田は和子と頻繁に会っていたが、それがマユには疎ましかった。マユは、山田に和子とは会わないでほしいと迫った。
自分の経営する食堂で和子と会っている山田は、娘にもう自分のことを気にかけてくれなくてもいい、会う回数を減らさないか、来年は就職だしお前も色々と忙しいだろう、と暗に会うことをやめようと匂わせてみるが、和子の反応は真逆だった。
彼女は、母親の元を出て山田の家で暮らすことを考えていた。どうやら、山田の元妻も和子の思いを尊重するつもりらしい。和子にとって気がかりは、母というよりは年の離れた姉と言った方がしっくりくるくらいのマユの存在だった。和子は、正直に言ってマユのことをよく思っていない。
ところが、外出から戻ってきたマユはあっさり和子と同居することを「私が決めることじゃないけど…」と断りながらも反対しなかった。これには和子も拍子抜けしたし、山田も全くの予想外だった。
ところが、和子が「前に私が使っていた部屋を見てくるね」と言って席を外した途端、マユは「もう会わないでほしいと言っていたのに、どうして同居しなかならないの?」と山田を責め始めた。
山田には、訳が分からない。要するに、マユは自分の手を汚さず、あくまで山田の意思で和子とは同居もしないし会うこともやめにしたいと言わせたいのだった。
そう言われても、さすがに山田も和子にやっぱり同居は出来ないし今後は会うこともやめたいとはとてもいい出せない。マユは、表向きニコニコ笑っているが、それがかえって山田には恐ろしかった。
山田は、あとでLINEするからとその場を取り繕い、和子は帰って行った。和子が帰宅すると、何でその場で言わないのかとマユになじられるが、結局山田は言い出せぬまま、なし崩しに三人の生活が始まってしまう。
刑期を終えた田中が、出所する。彼は、マユのことが許せず彼女のことを探していたが、偶然にも週刊現代に掲載された山田の食堂の写真を発見。そこの写る山田とマユを見て、田中は山田の食堂を訪ねた。
山田とマユは留守をしており、食堂には和子だけだった。和子は、この闖入者をどうすればいいのか扱いに困ってしまう。そこに、山田が戻ってくる。田中は、要領を得ぬままマユと山田の関係を聞き出そうとする。そこで知ったのは、自分がほんの一瞬付き合う以前からマユと山田は関係していたという冷酷な事実だった。
愕然とした田中は、我々はともにあの女の被害者だと言い出すが、「あんたにとってはそうかもしれないが、そんなこと自分にとってはどうでもいいことだ」と山田に言われて追い返されてしまう。
納得のいかない田中は、マユとの間にあったことをすべて和子にばらしてしまう。すると、和子はやっぱりあの女はそういう人間だと思ったと彼の話を信じてくれた。「あの女と会って、どうするんですか」をワクワクするような顔で聞いてくる和子に、「さすがの俺も、マユのことを殴るかもしれない。しかも拳骨で」と言った。
ところが、いざマユと再会すると、田中は自分とやり直してほしい、触りたいし触ってほしいとどうしようのないことを言い出す始末。コンビニのバイトで暮らしている経済力のない田中とは無理だとバッサリ切ってくるマユ。すべてを失ってこんなことになったのは誰のせいだと田中が詰め寄っても、マユは残酷に切って捨てた。
マユが出ていくと、田中は「好きだ!」と言って和子に抱き着いてきた。和子が突き飛ばすと、田中は「好きなんだ!誰でも。触りたいんだ」とめそめそ泣き始めた。
和子は、マユの本性をすべて父親に話した。食堂のテーブルで向かい合う山田、和子、マユ。「言うことがあるだろう」と詰め寄る山田に、マユは薄笑いを浮かべながら「二か月だって…」と言って母子手帳を出した。
呆気にとられる山田と和子。マユは、畳みかけるように「ねえ、私とこの子のことだけを考えて」と甘えた声を出した。
「私が全部話したでしょ?轢き逃げして、罪を人に被らせるような女だよ」と和子が言っても、山田は「これからのことを考えないと」と歯切れ悪く言ってマユを見るばかりだ。
山田にも、そしてもちろんマユにも、和子の声が届くことはなかった…。
初日の二日前にようやく上がった台本をその翌日に半分違った内容に書き直すというバタバタの状況の中、何とか幕を開けた舞台。
だが、出演者の一人板倉花奈が自宅で骨折を伴うけがを負い降板したため、4日目マチネとソワレ、5日目が休演。急遽、新田佑梨を代演に立てて続行されるというアクシデント続きで、まさに綱渡りのような展開を見せた公演。
本当に、何とか千穐楽までたどり着いた感じである。
ストーリー紹介をお読みいただければ分かるように、「ロマンティックな愛」というタイトルとは裏腹に、自己愛だけに生きる一人の女と彼女に翻弄されて人生を狂わされていく男二人のシニカルで滑稽なブラック・コメディである。
主役の性悪女マユを演じるのは、元人気AV女優にしてピンク映画やVシネマでも個性的なキャラクターと演技力で評価されているしじみ。
僕は、しじみ(持田茜時代を含む)出演のピンク映画やVシネマを何本も見ていて彼女のファンなのだが、彼女出演の舞台を見るのはこれが初めてだった。
前述したような諸事情もあり僕は観るのが不安だったのだが、彼女の演技は僕の予想を上回る出来だったと思う。正直、ホッとした。
デリヘル嬢のマユ(しじみ)に入れあげる田中(圓谷健太)は、頻繁に彼女を指名しているがマユのことが好きすぎて性的行為に及ぶことができず、ただ会話して無駄にデリヘル代を消費している。マユにとっては、言ってみれば都合のいい上客だ。
だが、それだけでは飽き足りなくなった田中は、意を決してマユを口説きにかかる。最初こそやんわりかわそうとしていたマユだったが、次第に田中は金のことをぐちぐち言い始め、仕舞いには土下座までして付き合ってくださいと懇願し出す始末。
逃げ切れなくなったマユは、渋々田中とデートする約束をしてしまうのだった。
デート当日。マイカーを運転してきた田中は、バーでもノンアルコールで通したがマユは結構酔っていた。その帰り道。運転したいと言い出したマユの言葉に押されて、田中は彼女に車を運転させてしまう。
ところが、マユが運転する自動車はお婆さんをひっかけてしまう。慌てて田中は車を降り、マユに携帯で救急車を呼ぶよう迫るが、マユは携帯を出そうとせずあろうことか田中に「お婆さんなんて轢いてない、あれは犬よ。ね、そうでしょ」ととんでもないことを言い出す。
結局はマユに押し切られ、今二人は田中のアパートにいた。「あんなことになって、一人でなんていたくない」と言うマユは、田中のベッドに腰かけて「ねえ、今夜泊まって行ってもいい?」と甘い声を出した。
非常事態だというのに、マユの甘言に翻弄されっ放しの田中は、「ベッドはマユちゃんに使ってもらうとして、俺はどこに寝ようかな…」を期待半分にわざとらしくおどおどした。
マユは、こともなげに「ベッドで一緒に寝ればいいじゃない。それでなきゃ、意味ない」と答えた。そして、マユは科を作って田中に抱き着くと、あの車は田中さんが運転していたことにしてほしいと色仕掛けで迫ってきた。
そんなことを引き受けたらとんでもないことになると頭では分かっているのだが、惚れた弱みというか下半身の疼きというか、田中はまたしても彼女に押し切られてしまう。
おまけに、その晩二人は五回戦までこなした。それが、田中のロスト童貞でもあった。
田中は、マユの身代わりになって懲役二年の刑を言い渡される。口止めしなければならないマユは書きたくもない手紙を書き、会いたくもないのに面会に足を運んだ。会うたび田中は疲労の度を深め、愚痴と不満がだんだん増えて行った。
デリヘル嬢はやめてほしい、手紙の便箋がおざなりなものを選んでいる、本当に自分のことを好きなのか、今マユは外で何をやっているのか、俺のことをどう思っているのか、二年も待ち続けてくれるのか、不安だ、酷い環境で我慢ももはや限界だ…等々。
さすがに、マユはこの冴えない男のことがただ鬱陶しいだけのウザイ奴にしか感じられなくなってきた。しかも、何でメールやLINEのご時世に、自分はしち面倒臭い手紙なんか書かなければいけないのか…。
すっかり嫌気がさしたマユは、自分の身代わりで懲役を背負ってくれた田中のことを、いとも容易く捨ててしまう。手紙なんて、もう書きたくもないというその一心で。彼女が最後に書いた手紙は、別れ話だった。
一方的に田中を切ったマユは、ちゃっかりと新しい生活を始めていた。自分とはかなり年の離れた中年男で、食堂を経営する山田(近藤強:青年団)と結婚したのだ。山田はバツイチで、前妻との間に和子(新田佑梨:青年団)という高校三年生の一人娘がいた。
山田は和子と頻繁に会っていたが、それがマユには疎ましかった。マユは、山田に和子とは会わないでほしいと迫った。
自分の経営する食堂で和子と会っている山田は、娘にもう自分のことを気にかけてくれなくてもいい、会う回数を減らさないか、来年は就職だしお前も色々と忙しいだろう、と暗に会うことをやめようと匂わせてみるが、和子の反応は真逆だった。
彼女は、母親の元を出て山田の家で暮らすことを考えていた。どうやら、山田の元妻も和子の思いを尊重するつもりらしい。和子にとって気がかりは、母というよりは年の離れた姉と言った方がしっくりくるくらいのマユの存在だった。和子は、正直に言ってマユのことをよく思っていない。
ところが、外出から戻ってきたマユはあっさり和子と同居することを「私が決めることじゃないけど…」と断りながらも反対しなかった。これには和子も拍子抜けしたし、山田も全くの予想外だった。
ところが、和子が「前に私が使っていた部屋を見てくるね」と言って席を外した途端、マユは「もう会わないでほしいと言っていたのに、どうして同居しなかならないの?」と山田を責め始めた。
山田には、訳が分からない。要するに、マユは自分の手を汚さず、あくまで山田の意思で和子とは同居もしないし会うこともやめにしたいと言わせたいのだった。
そう言われても、さすがに山田も和子にやっぱり同居は出来ないし今後は会うこともやめたいとはとてもいい出せない。マユは、表向きニコニコ笑っているが、それがかえって山田には恐ろしかった。
山田は、あとでLINEするからとその場を取り繕い、和子は帰って行った。和子が帰宅すると、何でその場で言わないのかとマユになじられるが、結局山田は言い出せぬまま、なし崩しに三人の生活が始まってしまう。
刑期を終えた田中が、出所する。彼は、マユのことが許せず彼女のことを探していたが、偶然にも週刊現代に掲載された山田の食堂の写真を発見。そこの写る山田とマユを見て、田中は山田の食堂を訪ねた。
山田とマユは留守をしており、食堂には和子だけだった。和子は、この闖入者をどうすればいいのか扱いに困ってしまう。そこに、山田が戻ってくる。田中は、要領を得ぬままマユと山田の関係を聞き出そうとする。そこで知ったのは、自分がほんの一瞬付き合う以前からマユと山田は関係していたという冷酷な事実だった。
愕然とした田中は、我々はともにあの女の被害者だと言い出すが、「あんたにとってはそうかもしれないが、そんなこと自分にとってはどうでもいいことだ」と山田に言われて追い返されてしまう。
納得のいかない田中は、マユとの間にあったことをすべて和子にばらしてしまう。すると、和子はやっぱりあの女はそういう人間だと思ったと彼の話を信じてくれた。「あの女と会って、どうするんですか」をワクワクするような顔で聞いてくる和子に、「さすがの俺も、マユのことを殴るかもしれない。しかも拳骨で」と言った。
ところが、いざマユと再会すると、田中は自分とやり直してほしい、触りたいし触ってほしいとどうしようのないことを言い出す始末。コンビニのバイトで暮らしている経済力のない田中とは無理だとバッサリ切ってくるマユ。すべてを失ってこんなことになったのは誰のせいだと田中が詰め寄っても、マユは残酷に切って捨てた。
マユが出ていくと、田中は「好きだ!」と言って和子に抱き着いてきた。和子が突き飛ばすと、田中は「好きなんだ!誰でも。触りたいんだ」とめそめそ泣き始めた。
和子は、マユの本性をすべて父親に話した。食堂のテーブルで向かい合う山田、和子、マユ。「言うことがあるだろう」と詰め寄る山田に、マユは薄笑いを浮かべながら「二か月だって…」と言って母子手帳を出した。
呆気にとられる山田と和子。マユは、畳みかけるように「ねえ、私とこの子のことだけを考えて」と甘えた声を出した。
「私が全部話したでしょ?轢き逃げして、罪を人に被らせるような女だよ」と和子が言っても、山田は「これからのことを考えないと」と歯切れ悪く言ってマユを見るばかりだ。
山田にも、そしてもちろんマユにも、和子の声が届くことはなかった…。
初日の二日前にようやく上がった台本をその翌日に半分違った内容に書き直すというバタバタの状況の中、何とか幕を開けた舞台。
だが、出演者の一人板倉花奈が自宅で骨折を伴うけがを負い降板したため、4日目マチネとソワレ、5日目が休演。急遽、新田佑梨を代演に立てて続行されるというアクシデント続きで、まさに綱渡りのような展開を見せた公演。
本当に、何とか千穐楽までたどり着いた感じである。
ストーリー紹介をお読みいただければ分かるように、「ロマンティックな愛」というタイトルとは裏腹に、自己愛だけに生きる一人の女と彼女に翻弄されて人生を狂わされていく男二人のシニカルで滑稽なブラック・コメディである。
主役の性悪女マユを演じるのは、元人気AV女優にしてピンク映画やVシネマでも個性的なキャラクターと演技力で評価されているしじみ。
僕は、しじみ(持田茜時代を含む)出演のピンク映画やVシネマを何本も見ていて彼女のファンなのだが、彼女出演の舞台を見るのはこれが初めてだった。
前述したような諸事情もあり僕は観るのが不安だったのだが、彼女の演技は僕の予想を上回る出来だったと思う。正直、ホッとした。
マユという無意識の悪意に満ちた魔性のキャラクター、ふわふわしたたたずまいと甘い声で男の気を惹いたかと思うと巧みに身をかわして保身して生きている残酷な女。そんな実態がつかめないカメレオンのようなマユをしじみは彼女なりのリアリティを付与して好演していた。
あくまで僕の抱いている個人的なイメージだが、目の前でマユを演じているしじみを見ていると、「何だか、しじみちゃん自身を演じてるみたいに見えなくもないよな…」といった既視感を覚えたりして、ちょっと不思議な気持ちになった。
科を作って男を懐柔していくシーンに結構な尺が取られているため、その陰に隠された残酷さが顔を出すまでのバランスが単調さに陥るギリギリの配分だったように思う。もう少しテンポよく切り替えがあった方が、舞台にメリハリが出せたんじゃないかなと思う。
本作は場面転換の都度しじみのナレーションが挿入されるのだが、しじみの声が科を作る時の甘えた声に近く雰囲気が同様なので、このナレーションがもっとニュートラルであればマユの冷酷さが顔をのぞかせた時と3パターンの切り替えができたのではないか。
彼女に引っ掻き回される田中と山田を演じた圓谷健太と近藤強は、ともに愚かな男の情けなさと哀愁が漂っていて思わずニヤッとしてしまった。
そして、新田佑梨演じる和子という高校生は、ある意味マユ同様のしたたかさを持っており、それが時折顔をのぞかせるというのも、この舞台のシニカルさを際立たせている。
マユが妊娠しているというラストのツイストには膝を打ったし、子供を身ごもってもなおマユが夫のことを「山田さん」と呼ぶのも確信犯的である。
ただ、60分で幕を下ろすこの舞台は、いささか舌っ足らずで物足りなさを残すのもまた事実である。これでは、マユという人間が意味不明に男を渡り歩くだけの実像がつかめないトラブル・メイカーにしか映らない。
僕としては、彼女の真に悪魔的な暗黒性をこそ最後に炙り出してほしかったし、そのためにはあと20分くらいの尺が必要だろう。
あと、THE CAVEという独特な構造のハコがあまり効果的に使われていなかったのではないか。舞台三面を使って移動しながらの場面転換が、何とも見にくいし間が空いてしまうのだ。
それと、田中の部屋に置かれたベッドが小さすぎるように感じた。マユが田中を誘惑するシーンの時に手段を選ばない色仕掛け的力技でしじみに園谷を押し倒してほしかったが、ベッドが小さすぎるためにそっと手を回して体を押し付けるという演出だった。もう少し、マユが性的に煽るシーンがあってもいいように思った。
とまあ色々不満もあるのだが、様々なアクシデントの中ここまで舞台を作り上げてそれ相応のクオリティで無事千穐楽まで走り切ったことは評価していいだろう。
最後の書いておくと、僕は舞台で演じるしじみをもっと見てみたいなと思った。