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森田涼介『ふたりのおとこ』

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『ふたりのおとこ』(公開:2018年8月3日)
監督・脚本・編集:森田涼介/製作:森田涼介、品田誠/撮影:上野達也/音楽:Iman Afsher/録音:木村聡志/整音:伊藤健介/エンジニア:赤城夏代/グレーディング:エズミ/撮影助手:佐藤直樹
2017年/カラー/64分

 

こんな物語である。
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《登場人物》
青年K(25)
旧友S(26)
彼女I(26)
バーテンダーの男R(29) 
Sの妹E(20) 
Sの元恋人A(27)
催眠療法士Y(36) 


K(品田誠)は、図書館司書を退職して不動産会社への転職を控えた現在はフリーターの青年。彼には、図書館司書をしていた時に声をかけられたことがきっかけで付き合っている恋人I(しじみ)がいる。彼女の仕事は、所属店で高い人気を誇るキャバクラ嬢だ。

 


Kは、自分の部屋でコーヒーを飲みながらIに言った。「何かを忘れている気がするんだ。しかも、大切な何かを」。しかし、彼女は特段シリアスに受け止めることもなく、彼の言葉を流した。

 


数日後、Kは馴染みの喫茶店で人待ちしている。彼が待っているのは、十年来の友人で大学卒業後こつ然と姿を消してしまったS(高橋良浩)の妹E(鈴木つく詩)だった。Sは海外を放浪しているという噂だったが、Kにはこの数年一切連絡がなかった。
「自分は、大切な何かを忘れているのではないか…」その思いに囚われて以来、不思議なことにKは行方不明の友人のことを思い出し、彼のことが片時も頭から離れなくなっていた。今では、自分が頭の中に作り出したSの幻影と会話できるまでになっている。

 


ひょっとすると、失われた自分の記憶とSの存在が密接に関わっているのではないか。そう考えたKは、行動を起こした。手始めに、彼はSの母親に連絡してみたが彼女にも息子の正確な所在は分かっていなかった。そこで、今度は妹を呼び出したのだ。

Eが喫茶店に入って来る。Kが彼女と会うのもかなり久しぶりだ。突然呼び出されたことに、彼女はやや戸惑っているように見えた。兄からは時々母親の元にメールが来るがそれもフリーメールで、彼女の母親もSは海外にいるとしか言わないらしい。Eと直接のやり取りはなく、むしろ兄のことはKの方が知っているのではないかと言われる始末だ。

 


しばらくして、彼女はフッとあることを思い出す。父親が亡くなった後、大学を卒業する直前にSは電話で「タイがどうとか」と話していたという。恐らく、兄は父親の保険金を使って外遊したのだろう、と。
KがEと話している最中も、隣でSの幻影が茶々を入れてくる。正直疎ましいが、妹の目には映らないSの存在自体Kが作り出した幻影である以上、彼の言葉は取りも直さずKの考えを言語化したものなのだろう。ややこしいこと、この上ない。

 

 

これといった収穫もなく、次にKはかつてSの恋人だったA(市場紗蓮)と会った。別れて以来、Sとはまったく連絡を取っていないと彼女は素っ気なく言った。恋人だった自分よりも、あなたの方が彼についてはよく知ってるんじゃないのかとAもEと同じようなことを言った。
交際期間は短く、自分と会っている時のSはどこか上の空という印象だったという。むしろ、Kといる時の方が楽しそうに見えた、と彼女。その言葉に、Sの幻影は顔をしかめる。「よしてくれよ!女といる方が楽しいに決まっているだろう」と。
彼女からもたらされた新しい情報は、大学卒業前に6か月ほどSが俳優のワークショップに通っていたことと、彼には行きつけのショットバーがありその店のバーテンと仲が良かったということだった。
Sが俳優志望だったというのは初耳だったので、Kには随分と意外に思えた。

Aから教えられたショットバーを訪れたKとSの幻影。まだ開店前だと無愛想に応じる宝塚歌劇団のようなルックスをしたバーテンダーの男R(梅本隼悟)に、自分は客じゃないからと断ってKは店に入った。共通の友人のことで聞きたいことがあると。
Rは、「本人が海外にいると言っているのなら、そうなのではないか」「結婚して、永住権でも取ったのではないか」とだけ言うと、悪いが自分は友達と言えるほどの関係ではなかったと話を切り上げた。
すげなくされて早々に店を出たK。珍しく無口で考えごとをしてる風のSは、「あのバーテンは態度が不自然だった。まるで、俺たちを早く帰らせたいみたいだった」とつぶやいた。
二人がそんな会話をしていると、後ろからくだんのバーテンが歩いて来た。慌てて物陰に隠れ、KとSは彼を尾行した。
しばらく後をつけると、Rは人と落ち合った。何と、その相手はIだった。二人はタクシーに乗り込むとどこかに消えた。
Kは呆然と立ち尽くし、Sはバツが悪そうに視線をそらした。
Sの失踪には、バーデンだけでなく自分の恋人Iも関わっているのか。もはや、Kには訳が分からない。「所詮は売女のキャバ嬢だから、油断ならない。お前に近づいたのだって、何か訳ありだろう」とSは皮肉交じりに言った。

 


Kは、ネットショップでペン型の盗聴録音器を購入すると、プレゼントだと偽ってIに渡した。しばらくは何の成果もなかったが、ある日Iはあのショットバーを訪れていた。その時に交わしたRとの会話が録音されていたのだ。しかし、肝心のところで二人の声は聞き取れなかった。

Sは今どこにいるのか。そもそも、彼は生きているのか。あのバーテンとIはどういう関係で、Sの失踪と繋がっているのか。そして、自分が忘れてしまった大切な記憶とはいったい何なのか…。
すべての疑問を解くため、Kは今まで以上にIの行動を注視せざるを得なくなった。KはIが自分の部屋に来た時、彼女の目を盗んでスマホの履歴をチェックしてみた。バーテンとの発信・着信履歴は、すべて消去されていたようだった。
しかし、一つだけ気になる記録が残されていた。催眠療法クリニックへの発信履歴だった。しかも、その日付はKが「自分は何かを忘れているような気がする」と思い始めた時期とほぼ一致していた。

 


どんな真相を知ることになるのか。Kは、不安を抱きつつそのクリニックを訪れた。催眠療法士のY(沖正人)は、確かに依頼されて自分があなたの記憶をこの中に移したと言って鍵付きの青い小匣を机の上に置いた。電話をかけてきたのは確かに女性だったが、クリニックにやって来て催眠療法を希望したのはK自身だったと彼は話した。
実際に記憶を移した匣はKが持ち帰ったが、あくまでもその匣は象徴に過ぎないからここにある匣を開ければあなたは忘れたことを思い出すはずだと彼は説明した。

青い小匣を前に、彼は自分の部屋で逡巡していた。その隣では、仕事から帰って来たIが、戸惑いと諦め、そして若干の怯えを伴った表情を浮かべて彼のことを見ている。もちろん、その部屋にはSの幻影もいる。Sの幻影は、いつも以上に饒舌だった。
Iは、お腹が空いたからとにかく何か食べようよと言って、つまみのビニール袋を破き、ワインのボトルを開けてグラスに注いだ。その時、彼女が見せたちょっとした仕草に気付いたKは、驚きを禁じ得なかった。
KはIに自分が思ったことをぶつけると、青い小匣に鍵を差し込んで開けようとした。

それを制止すると、すべてを観念したようにIは静かに話し始めた…。

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本作は、森田涼介の企画した自主製作映画として2016年3月にスタッフとキャストが募集され、同年に撮影。それから二年を経てこの度池袋シネマ・ロサのthe face「品田誠」特集上映の一本として一日のみ初上映された。


 

何の前知識もなく、しじみが出演しており一日だけ初お披露目される映画だからという理由で観に行った。二年前ということは、彼女が女優復帰直後に撮影された作品ということである。正直に言えば、僕はさほど期待していた訳でもなかった。
ところが、これが思いがけない拾い物というかなかなかの力作で、観終わるとかなりの手応えと満足感でホクホクしてしまった。

映画冒頭、青い小匣と電柱に巻かれた青い布だけがカラー処理されたモノトーンの映像、やたらと不自然なバランスの音響、会話がかぶさるような登場人物同士の“間”の乏しさに観ていて過剰なものを感じてしまう。さらには、主人公の青年と行方不明の友人の幻影のやり取りで展開するやや奇をてらったストーリーテリング。
ところが、物語が進むにしたがって二人の会話(あるいは、青年と彼自身の視覚化された内なる対話)が独特のリズムを刻み始め、ミステリアスな仕掛けもあってすっかり引き込まれてしまった。
ある意味、実に映画的な演出手法が心地よくなってくるのである。

Kという青年のインナートリップであり、それと同時に失踪した友人、ある日突然目の前に現れた魅力的で妖しい若い女、謎めいたバーテンダー、催眠療法士…と、まさに「役者はそろった」とでもいうべきどこか現代風のハードボイルド・フレイバーを伴った心理劇。
それを、ワンカットの長回しにこだわった(演じる役者の心理状態をそのまま記録したような)緊迫感漂う映像で畳みかけて行く。そのスリリングさ。
途中、集音マイクがフレームインするシーン(監督としてはこだわりの演出らしい)が挿入されるのだが、これはやっぱり要らない遊びだと思うのだが(笑)

その20分ワンカットのシーンはワンテイクでOKだったらしいが、主役Kを演じる品田誠のナイーブな演技がとても印象的である。Sを演じる高橋良浩の外連味も悪くない。
そして、物語の鍵を握る謎のキャバ嬢Iを演じたしじみの抑制された芝居が実にいい。僕は彼女の出演作をそれなりの本数観ており、彼女は嗜好的にカルトで奇天烈な役やマッドに弾けた役を嬉々として演じるところがあるのだが、個人的には本作のようにやや抑制した芝居でこそ魅力を発揮する役者だと思う。
ここでの演技は、2011年公開のピンク映画で竹洞哲也が監督した『いんらん千一夜 恍惚のよがり(シナリオタイトル『いずれ』)』と並んで、彼女のベスト・アクトの一本だろう。

 


いずれにしても、ちゃんとした形でこの作品が上映されることを祈念してやまない。
お蔵入りさせてしまうには、誠に惜しい刺激的な一本である。


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