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水素74%『ロマンティック♡ラブ』

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2019年10月6日のソワレ、新宿眼科画廊 地下スペースで水素74%『ロマンティック♡ラブ』を観た。二年ぶりの再演だが、脚本は大幅に書き換えられキャストもしじみ以外は変更になっている。

ちなみに、この日はしじみの誕生日であった。

 

 

作・演出:田川啓介/照明:山口久隆/音響:池田野歩/宣伝美術:根子敬生(CIVIL TOKYO)/宣伝写真:伊藤祐一郎(CIVIL TOKYO)/技術協力:工藤洋崇/ドラマトゥクル:所崎春輔/当日運営:安部はるか

制作:水素74%/協力:パップコーン、ピーチ、ワタナベエンターテインメント

 

 

こんな物語である。ネタバレするので、お読みになる方は留意されたい。

 

田中(須田拓也)は、狼狽した顔で田辺繭子(しじみ)に携帯で救急車を呼べと叫んだ。田中の車が自転車に乗っていたお婆さんとぶつかってしまい、お婆さんは倒れたままピクリとも動かなかった。そして、自動車を運転していたのは、繭子だった。

だが、繭子は頑なに電話することを拒否。しかも、轢いたのは犬だったと言い出す始末。田中は車が自分の物であることもあって必死に電話するよう繭子を説得するが、彼女の訴えるような目と甘い声に押し切られてしまう。

 

デートの帰り、繭子は一人になりたくないからと言って田中のアパートにやって来る。どぎまぎする田中に対して、繭子は不安だから今夜は泊りたいと言い出す。布団がないと慌てる田中は、いつも自分が寝ているソファーで寝るよう繭子に言う。自分は、床で寝るからと。

すると、繭子はソファーで一緒に寝ようよと誘う。緊張で固まっている田中に、こっちに来てよと繭子は自分が座っているソファーの横を指す。

おずおずと繭子の隣に座る田中。繭子は、今日ラウンドワンで一緒に遊んで田中さんって優しくていい人だなと思ったと甘えるように言った。そして、彼女はもし田中が車を運転していたことにしてくれたら、本当に好きになってしまうかも…と言った。

そんなことは無理だからと一度は田中も断るが、結局は繭子の色仕掛けに負けてしまう。その夜、田中は初めて女性を抱いた。

 

田中は、バイト先のパチンコ店を辞めることにしたが、先輩従業員の山田(渡邊まな実)から猛反対される。ここを中途半端に辞めてしまったら、田中は本当に駄目になると彼女は考えていた。自分はまだ19歳だが、人生ではいろいろと見てきた。この店の仕事だって正直まともにできていないのに、ここで投げ出してしまったらどうなるのか…と彼女は本気で心配した。しかも、辞めてどうするのかと聞くと田中は旅に出ると歯切れ悪い口調で言う。38歳にもなって自分探しをしている場合か!と山田はさらに迫った。

山田に気圧されて、とりあえず辞めることを保留にする田中。すると、そこに繭子がやって来る。繭子も、このパチンコ店の同僚だった。田中が店を辞めるのを止めたと山田から聞いた繭子は、驚いた表情で「田中さん、繭に辞めるってあんなに言ってたじゃない!」と責めるように言った。山田は辞めない方向で田中は考え直したようだと言い、当の田中は二人の女性に挟まれて煮え切らない態度を取った。

 

山田が仕事に戻ると、部屋に残った二人は言い合いを始めた。田中は、結婚を餌に繭子の身代わりで警察に自首することを約束させられていたのだ。それが、バイトを辞める本当の理由だった。

繭子は、田中を外した店の飲み会で皆が田中のことを馬鹿にしていたと言った。こんな店、辞めた方が田中さんのためだよと彼女は迫った。またしても、田中は繭子に押し切られてしまう。

 

警察に自首する前に、弟にだけは会って事情を話したいと田中は繭子に言った。両親はすでに亡くなっており、弟の健児(四栁智惟)だけが自分の家族だからと。

田中は、待ち合わせた喫茶店で健児と会った。どう話したらいいものか…と田中が言いあぐねていると、健児は兄の近況を聞いてきた。パチンコ屋のバイトはちゃんと続けているのかと。田中は健児に借金を重ねていて、その額は50万円になっていると健児から聞かされる。

にもかかわらず、パチンコ屋を辞めようと思っていると聞かされて健児はあきれ返る。その前のコンビニのバイトだって、長続きしなかったのだ。パチンコ屋のバイトを辞める理由が、自動車で人を轢いてしまい自首するからだと聞かされて、健児は絶句する。

事故を起こしたのは昨日のことだと聞いた健児は、それは事故ではなくひき逃げという犯罪だと色めき立つ。しかも、被害者がどういう状態なのかと尋ねても田中は分からないと口を濁す始末だ。

こんな田舎で事故を起こして警察に自首したら、町中に知れ渡ることは確実だ。兄が犯罪者だとなったら、教師をしている自分の立場はどうなるのかと健児は田中に言った。そして、騒ぎにもなっていないのだから、このまま黙っていて大丈夫だろうと田中が思いもしなかったことを健児は口にした。そんな訳にはいかないという田中に、健児は警察に行かないなら50万円の借金を帳消しにして、さらに50万円あげるからと言った。

この言葉に、田中の決意はグラグラと揺れた。

 

混乱した田中は、警察に付き添ってくれる彼女が店の前で待っているからとにかく呼んでくると言って席を立った。そして、繭子を伴って田中は席に戻ってきた。兄の彼女にしては、思いの外繭子は魅力的で健児は内心驚いた。

健児が本当の事情を知らぬまま、三人は自首すべきだの止めた方がいいのと噛み合わない会話を続けた。トイレに行くと言って田中が席を立つと、健児はあんな兄のために申し訳ないと繭子に言った。色々相談に乗るからと言って二人がLINEを教え合っているところに、田中が戻ってきて自分がいない隙に何をやっているんだと食ってかかった。話の方向はずれていき、この日の話はうやむやになってしまった。

 

夜、田中には内緒で健児と繭子は二人で会っていた。食事を終えた後、別れがたい健児は繭子をもう一軒誘うがお酒はもういいと言われた。かといって、まだ帰りたくないと彼女。冗談めかして、じゃあホテルでもと健児が言うと、行きたいけど田中さんのことは裏切れないと繭子はつらそうな顔をした。

健児は、兄とは別れは方がいいと繭子に言った。すると、繭子も別れたいと言っているのだが別れてくれないと答えた。結局、この夜は何することなく二人は別れるのだった。

 

田中は、ずるずるとパチンコ屋を続けていた。フロアをほうきで掃いていると、山田がやってきてほうきの使い方がなってないと言った。ただ、近頃の田中さんは以前と違ってやる気が出てきたように見えると彼女は続けた。それを聞いた田中は、ただ甘いことを言う人より厳しく言ってくれる人の方が本当に相手のことをちゃんと思っていてくれているんですね、と言った。

そして、唐突に「山田さんには付き合っている人がいるんですか?」と聞いた。山田は、戸惑いながら付き合っている人はいないと言った。が、それに続けて夫と二人の子供がいると言った。愕然とする田中。「山田さんって、19ですよね」「初めの子は、13で産んだから」「ご主人との仲は」「普通だけど」。

田中は、じゃあ何で思わせぶりなことを言うんだと逆ギレした。すべてがどうでもよくなったと言わんばかりに制服を脱ぎ捨てると、やっぱり辞めますと言って田中は出て行ってしまった。

 

田中、健児、繭子が座っている。三人の間には険悪なムードが漂っている。田中は、自分に隠れて健児と繭子が会っていることをなじった。色々不安だから相談に乗ってもらってるだけだと繭子。

健児は、「やっぱり兄貴は自首した方がいい」とこれまでとは真逆のことを言った。「ネットで調べたら、ひき逃げの検挙率は100%だって」「この間は、自首しないで大丈夫だって言ったじゃないか」「あの時は、ちゃんと調べてなかったから」と不毛な会話が繰り返された。そして、「兄貴は繭子さんと別れるべきだ」と健児は言った。山田の件もあって捨て鉢になっている田中は、自首するなら繭子だと言ってことの真実をすべて健児にぶちまけた。これには、健児も言葉を失った。

窮地に立たされた繭子は、「田中さんのことも健児さんのことも両方好きになってしまったの」と言ってのけた。まったくタイプが違うじゃないかと言う兄弟に対して、「でも、繭の代わりに自首してくれた人の方が好きかも…」とか細い声で甘えるようにつぶやいた。そして、彼女はまた結婚をちらつかせた。

この言葉に、田中も健児も最初のうちは自分が代わりに自首すると繭子への愛をアピールするが、いざとなると互いに譲り始め、一向に話は進まなかった。まさしく三すくみの状態だ。

 

男(工藤洋崇)が、誕生日おめでとうと言って繭子にプレゼントを渡した。中からぬいぐるみを取り出して「ありがとう。こういうのって、高いんでしょう」と繭子は喜んだ。

そして、二人は歩き出した。しばらくして、繭子は甘えるように言った。

「ねぇ、お願いがあるんだけど…」

 

 

二年前の初演は脚本が直前まで上がらなかったこともあり、悪い出来ではなかったもののストーリーテリングに未整理な部分が散見された。

しかし、今回の再演では物語がグッとブラッシュアップされ見応えのあるウェルメイドな舞台へと進化を遂げていた。

 

初演では繭子の悪女ぶりが突出していて、他の三人の登場人物がひたすら彼女に翻弄される話だった。今回は、繭子、田中、健児が三人三様の保身とエゴ、そして愛欲を剥き出しにしつつ、田中と健児の優柔不断さに繭子もまた翻弄される展開である。三人のバランスが絶妙だし、ほぼ脇道にそれることなく無駄を削ぎ落した物語はテンポよく進み、舞台にリズム感があった。

また、パチンコ店における山田の登場場面では辛辣な科白で笑わせ、メリハリのある演出が目を引いた。

初演は60分、再演は80分の尺だったが、体感時間としては再演の方が短く感じた。それだけ、作品としてソリッドだったのだ。

 

前述のとおり、今回の再演で同じキャストだったのはしじみだけだが、やはり繭子役は彼女以外に考えられないだろう。甘えたような声と科の作り方から漂う食虫植物のような毒気は、女優しじみの真骨頂である。

他の三人もそれぞれにしっかり物語を支え、舞台に立体感を出していた。

また、今回は舞台セットもシンプルになっていて観やすかった。

 

不穏な余韻を残す最後の繭子の科白も、この作品のエンディングに相応しい。

 

本作は、キレのある演出で人間のエゴイズムを炙り出して見せる良作。まさにリベンジと言うべき、意義のある再演だった。

この舞台を鑑賞して、またしじみの主演作を観てみたいと強く思った。これからの彼女の活躍にも期待したい。


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