『みぽりん』
監督・制作・脚本・編集:松本大樹/撮影:松本大樹、ヨシナガコウイチ/録音:前田智広/照明:前田智広、ヨシナガコウイチ/ヘアメイク:篁怜/衣装:冨本康成、mame/整音・MA:勝田友也(モノオトスタジオ)/配役:露木一矢(澪クリエーション)/メインビジュアル:小池一馬/題字:小池菜津子/本編題字:のの/HP製作:ヨシナガコウイチ/楽曲提供:梅村紀之(アイドル教室)
製作・配給:合同会社CROCO/宣伝:みぽらー、松村厚、細谷隆広
公開:2019年9月7日
宣伝コピー:「衝撃のラスト分10分 映画の全てがぶっ壊れる…」
声優地下アイドルユニット「oh!それミーオ!」の神田優花(津田晴香)は、中心メンバー脱退後からユニットのセンターを任され、6か月連続人気投票1位を獲得してソロ・デビューも決まった。ライブハウスでライブを終えた後、優花は残ってソロ曲をメンバーの木下里奈(mayu)に聴いてもらっている。楽屋に戻って優花が感想を聞くと、里奈はよかったと言ってくれた。
しかし、同じころライブハウスの外ではマネージャーの相川梢(合田温子)が、優花の歌唱力に不安を漏らしている。プロデューサーの秋山快(井上裕基)もそのことは懸念しているものの、如何せん優花のソロ・ライブまで時間がない。
そこに、里奈が出てくる。慌てて口をつぐむ秋山と相川。すると、里奈は、知り合いの子の歌唱力を見違えるほど改善させたボイストレーナーを知っていると言った。その話に食いつく秋山と相川。
そんな訳で、優花はボイストレーナーの合宿レッスンに参加することとなった。六甲ケーブルの駅付近でボイストレーナーのみほ(柿尾麻美)と待ち合わせ、彼女の車で合宿所へ向かった。ずいぶんと山道を登り、さらに車を乗り入れない道を歩いてその日の夜に合宿所に到着した二人。そこは二階建ての大きな山荘で、かつて会社が保養所として使っていた建物を格安の値段でみほが借りているのだ。彼女の住居は、芦屋にあるという。
山荘から見下ろす神戸の夜景の美しさに、優花は写メを撮ろうとするがスマホの充電はあとわずか。しかも、どうやら充電器を忘れてきたらしい。みほは、明日自分の充電コードを持ってきてあげるからと言った。
みほはレッスン・ギャラのことを聞いてきたが、優花は事務所から何も聞かされていない。「多分、秋山さんが…」と言うと、みほは「振込かなぁ」と言った。そして、契約書を差し出した。以前、生徒が逃げ出して困ったことがあったから、形式的なことしか書いてないけどサインしてほしいのだとみほは言った。優花は、内容をちゃんと確認することなく契約書にサインした。
みほは、その契約書を受け取るとその夜は帰っていった。
秋山は、グッズを大量発注して優花のソロ・ライブの準備を進めていた。MV制作も考えているが、外部発注すると10万円もかかってしまう。経費を節約したい秋山に、相川はファンのカメラマンに撮らせてはどうかと提案した。優花推しのファンで、ライブでいつも最前列に陣取りカメラを構えているカトパンこと加藤淳(近藤知史)だ。
秋山は、加藤にオファーして試しに里奈のフォト・セッションをさせてみた。加藤はノリノリでシャッターを切るが、秋山が小道具に用意した風車が赤いことに激怒。里奈のカラーは黄色だろうと言って秋山ともめだす。その場を何とか収めるため、相川はとりあえず食事に行こうと提案。四人は、飲み屋に行った。
お酒が進み、秋山と加藤はすっかり和解。しかし、秋山も相川も泥酔状態で店の外で寝てしまう。二人になった里奈は加藤を誘惑してホテルへ。酔いも手伝い、加藤はそのまま里奈と一夜を過ごしてしまう。
翌朝、二日酔いで目を覚ました加藤。すでに里奈はチェックアウトしたらしく、部屋にいなかった。加藤が顔を洗うため洗面所に行くと、鏡に口紅で「今日からは里奈押しね」と書いてあった。「漢字、間違ってるし…」と加藤はつぶやいた。
ホテルを出た加藤は、腕を組んで歩いている秋山と相川に遭遇。秋山と相川は激しく動揺して、「これから事務所に戻るから、またあとで」と言うなり、そそくさと去っていった。
二日目。優花とみほはコーンフレークの朝食を食べている。すると、みほは「私のことはみぽりんって呼んでくれる?」と言ってきた。「みぽりん…ですか?」ときょとんとする優花。そこで、優花は「みぽりんは、いつも朝はコーンフレークなんですか?」と聞いてみた。すると、突然みほの表情が変わり「はぁ~、みぽりん?ふつうなら、みぽりんさんとかみぽりん先生だろ!」とキレ始めた。あまりの豹変ぶりに、優花は言葉を失う。
そして、ピアノを前に発声練習を行う優花。しかし、みほが示した手本では「ニャニャニャニャニャニャニャニャニャ~♪」。猫になりきってやれという。腹式呼吸も出来てない、音程も全く外れてる、おまけに猫になりきってないと優花を叱責するみほ。そして、なぜか二人は猫になりっきって互いを威嚇する。
おまけに、みほは優花に頼まれたスマホの充電器を忘れてきた。
三日目。みほが作ってくれた朝食はポトフだった。美味しいが、何の肉が入っているのか優花には分からない。みほが仕留めた猪だという。しかも、さっき捌いたばかりだから新鮮だとみほはさらっと言う。思わず、吐き出す優花。
相変わらず、優花の音痴は改善されない。「アイドル、なめてるのか!」と怒りを露わにするみほ。「歌、上手くなくても人気投票1位だし、そもそも本業は声のお仕事だし」と優花が言い出すに至って、みほの怒りはさらに加速した。
その日も、優花はスマホの充電器を持ってきてくれなかった。
四日目。優花が目を覚ますと、外で銃声がしている。何ごとかと思い彼女が玄関を開けると、みほが猟銃を向けてきた。腰を抜かしそうになる優花。ボイトレだけでは食べて行けず、みほは動物を撃ち剥製にして通販で売っているという。「そうしないと、市民税払えないから」とみほ。そして、彼女は雉の剥製を取り出すと「里奈、可愛い~」と頬ずりした。剥製には、「oh!それミーオ!」の里奈の名前が付けられていたのだ。
どうやら、みほと里奈は個人的な知り合いらしい。
みほがアイドルに対して特別な思い入れを持つのには、理由があった。若いころ、彼女自身がアイドルを目指していたからだ。というより、歌が上手かったみほを彼女の母親(木野智香)がアイドルにしようと必死になっていたのだ。
「アイドルになれば、イケメンと結婚して幸せな人生を送れる。それができなければ、ママみたいにつまらない男と結婚する羽目になる。だから、あなたはアイドルにならなきゃダメなの!」と言われ続けた日々。それが、みほに病的なまでのアイドル神格化をもたらしたのだ。
みほが持ってきたレッスン道具を車に取りに行った優花は、シートの上にスマホの充電コードが落ちているのを発見。こっそり持ち帰ってスマホを充電した。しかし、ここは圏外だった。
みほが用意したバランスボールを背にして反り返っての歌の練習。相変わらず、優花の歌はひどい。おまけに、山荘の中で優花は時々おかっぱ頭に全身黒い衣装を着た正体不明の女を(篁怜)を目にして悲鳴を上げた。
みほの言動もいよいよ狂気じみてきて、もはや限界だ。だが、優花がちゃんと読まずにサインした契約書には途中でレッスンを放棄した場合1000万円の違約金という一文が入っていた。おまけに、秋山も相川もみほの連絡先を知らないとみほは言った。
優花が、みほの充電コードを使ってスマホに充電しているのをみほが発見。彼女は、優花のスマホを取り上げた。
五日目。みほが、血相変えてやってきた。みほは、優花のスマホの待ち受け画面に男が写っているのを示して「お前は、アイドルとして一番やっちゃいけないことをしたな。男なんか作りやがって!」と詰め寄るみほ。「アイドルにだって、人権くらいあるでしょ!」「アイドルは人間じゃない。アイドルはアイドルなのよ!」。待ち受け画面に写っていた男の正体を聞いて、いよいよみほの怒りは頂点に達する。
「お前も剥製にして、ファンに高値で売ってやろうか」と真顔で言うみほ。「私は、市民税を払わなきゃいけないんだよ!」と叫ぶみほの目は、もはや尋常ではなかった。
彼女は、優花を二階の一番奥にある物置に閉じ込め帰っていった。
六日目。物置の中で目覚めた優花は、山荘からの脱出を試みる。しかし、山荘を出て歩いていると公道を走って来るみほの車の音が。慌てて物置に戻る優花。
みほが入ってきて物置の扉を開けると、優花は汗びっしょりだった。怖い夢を見たからと優花は何とか言い逃れをした。みほが山荘を出て行き時間を持て余した優花は、バランスボールに反り返って下手くそな歌を大きな声で歌い始める。
そのころ、事務所では秋山と相川、そして加藤が、優花が帰ってこないことを心配していた。彼女のスマホに何度連絡してもつながらない。ソロ・ライブは明日に迫っており、グッズも大量にそろえた。秋山と相川は、いまさら二人ともボイストレーナーの連絡先を知らないことに気付いた。加藤がチェックした優花のSNSもすべて更新が止まっている。
優花が投稿した最後の画像に六甲ケーブルが写っていたことから、六甲ケーブルの駅にとりあえず向かう三人。そこで、加藤は優花の手袋が置き忘れてあるのを見つけた。公道沿いにしばらく歩いていると、秋山が足を止めた。道を外れた方から優花の下手くそな歌声が聞こえる。その方角に進んでいくと、眼下に大きな山荘が現れた。
三人は、その山荘を訪ねるが…。
ここからの驚くべき展開はあえて伏せるが、実に個性的でユニークな作品である。令和初のカルト映画かどうかはさておき、かのカナザワ映画祭2019「期待の新人監督」観客賞は伊達じゃない怪作である。
本作が初の自主制作長編映画となる松本大樹は、低予算を逆手に取ったアイデア勝負のストーリーテリングとアクセル全開のスピード感で観る者に考える隙すら与えず、怒涛のラストまで一気に走り切る。スタッフとキャストが一体となった熱量のようなものが、スクリーンからあふれ出す。それが、実に爽快である。
まず予告編が秀逸で、これを観ただけで映画本編を観たくなること請け合いである。
荒っぽく例えるなら、本作はロブ・ライナー監督『ミザリー』とアルフレッド・ヒッチコック監督『サイコ』を好きな人が、サディスティックなブラック・コメディーを撮ってみましたみたいな作品である。猟奇と諧謔が絶妙のバランスで進むストーリーは、宣伝コピーでも謳っている通りラスト10分をどう受け止めるかが観る側の作品評価を左右する。
確かに奇想天外な展開であることに偽りはないが、「全てがぶっ壊れる」という割には松本監督の作家的良心ゆえか収束させるところはユーモアを交えつつまっとうに収束させ、壊すところはそれ相応に壊した感じである。
それをどちらか一方に振り切ってくれれば、また随分と映画の印象も変わったように思う。カルト映画というには、若干の行儀良さのようなものが個人的には物足りない訳だ。
ただ、それでも本作に一見の価値があることは間違いない。
キャストに関していえば、津田晴香も悪くないがやはり謎のボイストレーナーを怪演した柿尾麻美の圧倒的な存在感に尽きる。千変万化する彼女の表情と科白、そして目つきの危なさこそが、この作品の肝である。
本作は、新しいスタイルを持った映画作家の誕生を予感させる刺激的な一本。
SNS等を通じて自然発生的に宣伝員みぽらーが応援・拡散する広報展開も含めて、注目すべき映画である。