2013年12月8日、三鷹市芸術文化センター 星のホールで城山羊の会『身の引きしまる思い』千秋楽を観た。
作・演出は山内ケンジ、舞台監督は森下紀彦・神永結花、照明は佐藤啓、音響は藤平美保子、舞台美術は杉山至、衣裳は加藤和恵・平野里子、楽曲は大城静乃、演出助手は岡部たかし、照明操作は森川敬子、音響操作は飯嶋智、宣伝美術は螢光TOKYO+DESIGN BOY、イラストはコーロキキョーコ、撮影はトーキョースタイル、制作助手は平野里子・渡邉美保・山村麻由美(E-Pin企画)、制作プロデューサーは城島和加乃(E-Pin企画)。
製作は城山羊の会、主催は公益財団法人三鷹市芸術文化振興財団。
協賛はギークピクチュアズ、エンジンフィルム。
協力は吉住モータース、クリオネ、PAPADO、レトル、ユマニテ、フラッシュアップ、青年団、TES、田中陽、TTA、黒田秀樹事務所、アルピナウォーター、シバイエンジン。
一発の銃声が鳴り、自宅で胸を押さえて男(前説を兼任した三鷹市芸術文化センターの森元さん)が屑折れた。狼狽しつつ拳銃を手に息子・ミツヒコ(ふじきみつ彦)とその妹・妙子(岸井ゆきの)が、動かなくなった父の元に駆け寄る。二人がパニックに陥っていると、さらなる声が。キッチンの奥に隠れる兄妹。
拳銃を手に岡崎(岡部たかし)と妻の美鈴(島田桃依)が入って来る。二人は自分たちが殺したものと狼狽しているが、男の素性を知ろうと懐から財布を抜き出す。岡崎が名刺を一枚ポケットに入れると、美鈴は札束を抜き取って今夜は鰻と親子丼にしようととんでもないことをのたまった。
聞き捨てならないと出て行くミツヒコと妙子。
…という変な夢を見たとパジャマ姿の妙子は、母・ミドリ(石橋けい)に言った。彼女は昨日40度の熱を出して寝込んでいたが、今は熱も下がっている。ミドリは、市のボランティアに出かける前にビーフシチューを作っている最中だ。
妙子の父親は、一年前に癌…ではなく心筋梗塞で急逝。残ったローン返済も含めて、ミドリが家計を支えている。
そこにミツヒコが帰宅するが、彼は会社の後輩・添島テルユキ(成瀬正太郎)を連れていた。テルユキは、かなり神経質で感情の起伏も激しく、扱いづらい人間だった。
ミドリは、シチューを食べるように言うと三人を置いて外出する。
ミドリがやって来たのは、ボランティアの集まりではなくとある“夜の店”だった。またしても無断遅刻のミドリに、ママ(原田麻由)はおカンムリだ。
最近までミドリは三鷹市で放射線数値を計測する仕事をしていたが、そこを辞めざるを得なくなり家計を支えるために経験のない水商売に転職した。しかし、愛想もなければ気も利かないミドリのことをママはまったくの不向きだと思っている。
それでも続けるとミドリが訴えると、ならば研修を始めるとママは宣言して先輩ホステスの美鈴を呼んだ。美鈴に続いて、夫でバーテンの岡崎もやって来る。
お客の役をするのは、店長でママの亭主・柏木(岩谷健司)。美鈴は、身をくねらせて科を作りあろうことか柏木と熱烈なキスをした。
これではまるで風俗だと仰天するミドリに、こんなの何処の店でもやっていると他の四人。あなたもお手本通りやってみなさいと言われ、決死の覚悟で柏木に身を寄せるミドリ。
ミドリと柏木が接吻しているところに何故か妙子・ミキヒコ・テルユキがやって来る。「お母さん、何やってるの!」と固まる妙子とミキヒコ。
何の偶然かテルユキはママの実の子で、ミキヒコたちを連れてこの店に飲みに来たのだった。
緊迫するムードの中、衝撃に震える兄妹と消え入りそうなミドリ。「私たちは三人だけの家族なのに、何で言ってくれなかったの!?」と訴える妙子。何とかその場は収まったようだったが、今のショックで風邪がぶり返したのか妙子の調子が悪くなる。
そこに、この店の長年のお客で何やら柏木の弱みを握る赤井(KONTA)が現れて…。
前作『効率の優先』
を観た時、城山羊の会における集大成的な傑作だと唸った。
あれだけのものを作ってしまって、次はどう来るのだろうか?というのが新作に対する僕の思いだった訳だが、山内ケンジの劇作家としての才能はやはり強靭にして途轍もなかった。
本公演『身の引きしまる思い』は、城山羊の会のさらなる進化を確信させる傑作である。
2011年に同じ三鷹市芸術文化センター 星のホールで上演された『探索』
では、市職員森元さんの前説からそのまま物語へとなだれ込む秀逸な導入であった。今回もその森元さんが前説に立った時点で、「また、来るな!(笑)」と『探索』を観た方は思ったはずだ。
で、もちろんそのような展開になるのだが、二年前よりもいささか過剰な導入で「さすがに、ここまでやるのはどうなんだろう?」と僕は感じた。
ところが、舞台が進むにつれて過剰に思えた色々なことが必然性を伴うドラマ的伏線であったことに気づくと、その緻密を極めた圧倒的舞台構成に舌を巻いてしまった。凄い。
シュールで過激な不受理に振り切れることが持ち味だった城山羊の会は、『あの山の稜線が崩れてゆく』
『効率の優先』でより現実的な舞台設定(あくまでも、城山羊の会としては…ということだが)の元、新たなる舞台世界の構築に向かった。
そして本作では、その二作の成果を踏まえてもう一度不条理性へとドラマツルギーの舵を切ったと言っていいだろう。
リアリズム文体を通過した上で描かれた山内の劇作は、間違いなくさらなる高みへと到達していた。
いつものように適材適所の役者陣は、それぞれに魅力的だ。石橋けいのいささかM的な存在感、演出助手も兼ねる岡部たかしの飄々としたキャラクター、準レギュラーの岩谷健司の絶妙の間、ひと癖あるふじきみつ彦と島田桃依、Sキャラを好演する原田麻由、山内ケンジお気に入りの若手劇団ナカゴーの『牛泥棒』
にも客演していた成瀬正太郎、本作の暴力性の象徴で歌も披露する元バービーボーイズのKONTA。
しかし、個人的には無意識の天才女優岸井ゆきのの凄味さえ感じる演技力に目が釘付けとなった。
身長150cmにも満たない彼女は、城山羊の会が『あの山の稜線が崩れてゆく』公演時に初めて試みたオーディションでヒロインに抜擢された。その時のキュートな演技に心奪われた方も多いと思うが、あの時より随分とシャープなルックスに変貌した彼女は、演技のキレもシャープに進化していた。
いささかエキセントリックな感情表現から成瀬正太郎との際どい濡れ場に至るまで、彼女の迷いなき演技と大胆さを伴った潔さは誠に抗しがたい魅力であった。
彼女の濡れた瞳に心打ち抜かれない人など、いないのではないか?
今回、山内劇作にさらなる進化を確信するのは、妙子の精神の混濁にまで物語が踏み込むことである。シュールとリアルを行き来するだけでなく、物語は執拗的妄想にまで迷走するのだ。
そして、エンディング。観客や登場人物を冷徹に突き放すシニカルな語り口は山内の得意とするところだが、今回の終幕もビターな毒が盛られていた。
本公演のチケットを手にしなかった演劇好きの方は、その不幸を悔やむべきだろう。