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ほたる『キスして。』

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2013年12月7日公開のほたる監督『キスして。』




脚本はほたる、撮影・照明は勝嶋啓太、音楽は虹釜太郎・坂田律子、録音・整音は小林徹哉・臼井勝・川口陽一、編集は桑原広考・中村明子、監督助手は小泉剛・辻豊史・佐藤吏・小川隆史・広瀬寛巳・福山源、撮影助手は阿久津毅・下里泰生・サカイケイタ、衣装は荻野緑、スチールは沼田学、題字・イラストは會本久美子。製作は阿佐ヶ谷映画会。
2012年/日本/miniDV/66分


こんな物語である。ネタバレするので、お読みになる方は留意されたい。

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「好きな人が出来ました。別れて下さい」

15年連れ添った妻(ほたる)からの突然の言葉。男(伊藤猛)は、しばし絶句した後「どんな奴なんだ。そんなことが許されると思うのか。責任ってもんがあるだろう。俺は別れないぞ」と苦しげに言った。



父親(山崎幹夫)を早くに失った女は、二十歳の時に年上の男と結婚した。男は何でも知っていて、常に自分のことを導いてくれる存在に思えて、頼もしかった。
歳月は流れ、気づかぬうちに何かが変わって行った。具体的な諍いがあった訳ではないが、女の日常は息苦しいものになり、言いようのない孤独に苛まれるようになっていった。



ある日、夫は夢を追うことを諦め、きちんと就職した。「稼がなくっちゃな。お前は、続けるんだろ?」。女は、ただ頷くしかなかった。
いつしか夫は自分の体に触れなくなり、女は夫が寝る横で自分の体に指を這わせるようになった。



旅行に誘っても「俺は会社だから無理だ」と言い、一緒に外出しようと言っても「俺はいいよ」と付き合ってもくれない。

ある時、一人飲んでいた女は深酔いしてよろけながら店を出た。通りかかった男(今泉浩一)が、彼女の様子を心配して声をかけて来た。女は衝動的に男を誘い、そのまま物陰で一時の情事に身を焦がした。
事が済むと、女は礼を言って夜道を家へと向かった。いつしか酔いも醒め、気づけば彼女は駆け出していた。
もう少し、頑張れる気がした。

ある晩、一人駅で電車を待っていた女は、降りて来たサラリーマン風の男の姿にハッとする。佇まいが、亡き父にそっくりだったのだ。
彼女は、思わず男の後をつけてしまう。男は、居酒屋に立ち寄りしばしグラスを傾けた後、店を出て帰宅した。玄関を開けると、中から家族が男を迎える声がした。
男が家の中に消えてしまうと、女は来た方向へと引き返した。

新しい恋人(内倉憲二)ができた。同じ歳だった。そのことを夫に告げると、女は家を出て恋人の部屋で一緒に暮らし始めた。
夫との離婚の話し合いはまったく進まず、彼女自身も何故知り合ったばかりの人を好きになったのか分かっていなかった。
恋人には、何人もの親しい女友達がいた。しかし、女と暮らし始めて女が男に身を預けると、「そんなことされると、本当に好きになっちゃうよ…」と彼は言った。



夫との話し合いは、依然として平行線だった。「どうすればいいの。お金?」と女が聞いても、「そんなこと、自分で考えろよ」と夫は突き放した。



諦めて女が立ち上がると、夫は彼女にすがりついて「どうして、俺じゃないんだ…」と嗚咽を漏らした。



ある晩遅く、かなり酔って恋人が帰宅した。部屋に入ると、男は「みんな、別れて来ちゃった。もう、お前だけだよ」と女に言った。

部屋に一人でいた女は、急に吐き気をもよおして洗面所に走った。産婦人科を訪ねると、妊娠していた。女は、親友(河名麻衣)に相談するが、恋人には言い出せない。
久しぶりに会った母親(白井由希絵)は、娘のことを心配していた。母は、娘が三人もいるんだから、誰か一人くらいは子供を産んでほしいと寂しそうに言った。女は、自分が妊娠していることを母にさえ告げることができなかった。

恋人は、親子が仲良さそうにしているテレビの映像を見て、「俺、子供大好きなんだよね。いつか、欲しいな」と呟いた。
「でも、今じゃない」と女は心の中で言った。



女は、病院のベッドで身を起こした。呆気ないくらいに、すべては簡単に済んでしまった。

女は、かつての自分の家にいた。自分の荷物をまとめるためだ。女は、月々元の夫に慰謝料を払うことにした。男は言った。「大丈夫なのか?こっちは、特に金に困ってる訳じゃないから」。「うん、仕事始めたし」と答える元・妻に、男は「自分で決めたことだからな。ペナルティ、受けなさい」と言った。
「俺って、何だったのかな?父親か」「うん、そうかも」「15年かけて、やっと大人になったって訳か。長かったな」。
しばしの沈黙後、「たまには、猫の顔見に来なさいよ。まあ、毎日来られても困るけどさ」と男。
「…ありがとう…」とうつむく女の目から、涙がこぼれ落ちた。

人もまばらな電車内。女は、恋人の肩に頭を乗せている。



「好きな人が出来ました…」

気がつくと、いつしか女は一人で電車に揺られていた。

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一切予備知識もなく本作を観れば、何とも散文的な映画だと感じることだろう。
2008年7月にクランク・アップしてから編集に時間がかかり、本作がひとまず映画としての体をなしたのが2011年の後半。桑原広考が編集したバージョンは、関係者試写の後一度だけ劇場で上映されたのみだった。
そして、中村明子が再編集したバージョンにて、ようやく正式に劇場公開された。僕は、所謂ディレクターズ・カット版と今回の上映版を両方とも観ているが、再編集によって格段に映画としては良くなった。
見せるべき映像が、ずっとクリアーになったからである。

有体に言ってしまうと、『キスして。』で提示されるのは、ほたるという一人の女性の「私映画」である。
もちろん、ドラマ的な加工は幾分施されているにせよ、ほぼストレートに彼女自身の人生の一コマが切り取られているのだ。
父親の早世、結婚、恋人、離婚、等々。劇中のほたると伊藤猛の会話に「辞めるの?」「ああ、お前は続けるんだろう」というやり取りがあるが、これはもちろんほたる(葉月螢)が所属していた水族館劇場のことである。
また、劇中で母親が言っている通り、ほたるは三人姉妹の長女である。

これまで、監督はおろか脚本さえ書いた経験のなかったほたるがこの作品を作った理由。それは、彼女が離婚やその前後に色々と大変な経験をして、その時の自分の“顔”を映像作品に記録したいと考えたからである。
しかし、残念ながらその2007年当時、彼女は自分の顔を記録すべき現場に巡り合うことができなかった。「ならば自分で…」と一念発起して撮ったのが、本作である。
まさしく、D.I.Y.のシンプルにして強い意志が彼女にはあったのだ。

その意味では、カメラを回した時点で当初の目的はほぼ達成してしまったことになる。そこから、さらに作品としてトリートメントするのに、かなりの時間を要したのである。

本作は、観る人の置かれた立場や人生観によって、随分と受け止め方が異なって来る作品だと思うが、監督自身が言及しているように、本質的には女性映画だといっていいだろう。
ただ、男の側の視点に立てば、なかなかに切なく痛い物語でもある。個人的には、やはり伊藤猛の引き際と、その時に見せるさりげない優しさに切なくなってしまう。

徹頭徹尾自主製作された作品は、映画として見れば当然の如く拙く、あらゆる面でアマチュア然としている。
しかし、だからこそ作り手であるほたるのイノセントな衝動がダイレクトに伝わって来るのも、また事実だろう。
その意味でも、本作を鑑賞するという行為は、スクリーンを通して「ほたるの人生」という名のバスに乗り合わせることと同義なのだ。

私小説のような映画でありながら、観る者に覗き見的後ろめたさを感じさせない不思議な透明感に貫かれた作品。
もちろん、ほたるファンには避けて通れない一本である。

余談ではあるが、映画の中に河名麻衣、千葉誠樹、柳東史、杉浦昭嘉、岡輝男、矢崎仁司、七里圭の姿を探すのもまた一興である。

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