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山下敦弘『もらとりあむタマ子』

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2013年11月23日公開、山下敦弘監督『もらとりあむタマ子』




プロデューサーは齋見泰正・根岸洋之、脚本は向井康介、秋・冬編撮影は芦澤明子、照明は永田英則、春・夏篇撮影は池内義浩、照明は原由巳、美術は安宅紀史、録音は小宮元・岩丸恒・中山隆匡、整音は岩丸恒、編集は佐藤崇、スタイリストは篠塚奈美・馬場恭子、ヘアメイクは木村友華・望月志穂美・大島美保、助監督は長尾楽・渡辺直樹・窪田祐介、ラインプロデューサーは濱松洋一・原田耕治、アソシエイトプロデューサーは石井稔久、主題歌は星野源「季節」(SPEEDSTAR RECORDS)、サウンドロゴは池永正二(あらかじめ決められた恋人たちへ)、スチール・タイトル写真は細川葉子。
制作プロダクションはマッチ・ポイント、配給はビターズ・エンド、製作・著作はM-ON! Entertainment Inc.・キングレコード。
宣伝コピーは「坂井タマ子 23才 大卒 ただ今、実家に帰省寄生中」
2013年/日本/78分/カラー/1:1.8/5.1ch


こんな物語である。ネタバレするので、お読みになる方は留意されたい。

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秋。東京の大学を卒業した坂井タマ子(前田敦子)は、就職もせず山梨県甲府市の実家に戻って来る。「甲府スポーツ」というスポーツ用品店を営む父・善次(康すおん)は妻と離婚し長女も結婚して家を出て一人で暮らしていたが、予想だにしなかった次女との共同生活をする羽目になった。




店を手伝う訳でもなく、家事をするでもなく、就職活動もしないタマ子は、朝遅く起き出しては善次の作った食事を食べ、テレビに毒づき、後はマンガを読んだりゴロゴロしてるだけだ。
近所の中学生・仁(伊東清矢)は、付き合い始めた彼女にタマ子のことを聞かれて「あの人、友達いないんだよね」と顔をしかめて言った。



あまりに自堕落な娘に、さすがの善次も苦言を呈する。テレビのニュースに「ダメだな、日本」と呟くタマ子に向かって、善次は「ダメなのは、日本じゃなくてお前だ!」と言った。
いつ就職活動するのかと質されたタマ子は、「その時が来たら動く。少なくとも…今ではない!」と何ら反省の色なしだ。

冬。大晦日はさすがに慌ただしく、いつもはぐうたらしてるだけのタマ子も新年のための買い物に出たりカレンダーのかけ替えをしている。まあ、仕事と言えるほど御大層なものじゃないが。




夜、善次の義姉・よし子(中村久美)がおせち料理を届けてくれた。タマ子の姉夫婦もそろそろ実家に顔を出す頃だ。
二人は、善次の作った年越しそばを啜っている。善次には電話もないようだが、タマ子は今でも母親と連絡を取り合っている。
もうすぐ、今年も終わりだ。




春。タマ子は、美容院で髪を切った。履歴書も書いているようで、タマ子に「面接用の服を買っていい?」と聞かれて善次は「ようやく“その時”が来たか」と上機嫌だ。
タマ子は、父親が写真屋を営む仁のところにやって来る。善次に買ってもらった服を着て、タマ子は店主にではなく仁に履歴書用の写真を撮ってもらうと、「これ、絶対誰にも言っちゃダメだからね!」と念を押して帰って行った。
掃除をしようとタマ子の部屋に入った善次は、ゴミ箱に捨てられた履歴書を拾い上げる。それは、芸能事務所用に書かれた履歴書だった。机の上には芸能情報誌がのっていた。
「…お父さん、タマ子のこと応援してるから…」と言われ、「そういうのが、嫌なんだよ!」とタマ子は善次にキレた。
タマ子は、町で偶然こっちに戻って来た友人とバッタリ会う。「時間あったら、連絡して」と去って行く彼女の背を見て、「携帯、知らないし」とタマ子は仏頂面した。

夏。またしてもぐうたら生活に戻っているタマ子。最近、何気に機嫌のいい善次のことが気になる。




善次と一緒に伯父・啓介(鈴木慶一)の家を訪ねたタマ子は、父の機嫌がいい訳を知る。よし子の友人で数年前に離婚し、近所でアクセサリー教室の先生をしている曜子(富田靖子)を善次はよし子から紹介されたのだ。どうやら、二人はすでに何回か会っているようだ。
タマ子は、自分の居場所を考えると気が気ではない。タマ子は仁にアクセサリー教室の様子を探らせるが、「どちらかといえば美人」らしいということくらいしか分からない。
まるで埒が明かないので、意を決してタマ子は自分でアクセサリー教室を覗きに行く。すると、背後から当の曜子に声をかけられてしまう。

成り行き上、タマ子は教室を受講することに。教室が終わり曜子と二人だけになると、タマ子は自分が善次の娘であることを伝えた。善次は曜子にタマ子のことを話していたようで、曜子は「あなたが、タマ子さん」と微笑んだ。
タマ子は、父親のことを情けないヤツだと言った。就活もせずダラダラしている自分に向かって出て行けとも言えないのだ、と。



タマ子は善次に、「再婚を応援してる」と心にもないことを言うが、善次は今さら他人と一緒に暮らす気はないと言った。その一方で、タマ子は母親に「私は、どうなるの?」と愚痴った。母親は、「東京に来る?あなたも一人でしっかりやらなくちゃ」と諭した。
電話を切って自転車を漕いでいると、東京方面の駅ホームに立つ友人の姿が目に入った。春、こっちに戻って来た友人だった。タマ子は、しばし彼女のことを眺めてから再び自転車を漕いで立ち去った。

善次は、言った。「タマ子、夏が終わったらこの家出て行け。お前が就職活動しても、しなくても」。それを聞いたタマ子は、しばし沈黙した後に言った。「合格」。
ベンチに座ってアイスキャンディを舐めているタマ子と仁。「夏が終わったら、私出て行くから。ところで、最近彼女は?」「別れた」「何で?」「自然消滅。じゃあ、俺行くから」。
自転車で去って行く仁の後姿を見送ると、タマ子は独りごちた。
「自然消滅…久々に聞いたな」。

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とてもいい作品である。僕は、前田敦子にほとんど興味ないんだけど感心しきりであった。
映画の冒頭。タマ子が寝がえりを打つのだが、そのシーンだけで「あっ、絶対この作品は悪くない!」と思わせるものがあった。そのシーンでは前田敦子の顔すら映らないのだが、その動きだけでリアルな怠惰さが劇場内を包むのだ。結構、凄いことである。

とにかく、この映画には事件らしきことなど何も起こらない。突然タマ子が無職のまま実家に戻って来て、キャッチ・コピー通り実家に帰省(寄生)する。ただ、それだけ。
何に対してもネガティヴで怠惰、自分のことは棚に上げて周囲に対しては無駄にシニカル。女子力の欠片もなければ、将来への展望も皆無。そんなダメ人間のタマ子を、前田敦子は“生気のない表情”で生き生きと演じる。
この作品が優れているのは、タマ子を取り巻く周囲の人々が無駄に感傷的にならず、かといって過剰にシニカルにもならないところである。日常生活におけるほんのちょっとだけ異分子な存在として、まるで棲みついてしまった野良猫のようにタマ子の存在を受け入れている。その距離感が、絶妙。これは、明らかに山下監督の演出力だろう。
映画全体を通して、押しつけがましいエモーションのようなものがまったくないのも清々しい限りだ。



役者について。
もちろん、前田敦子は素晴らしいし、彼女を見つめる父親役の康すおんの存在感も絶品。
ただ、僕が本作における映画的“華”だと思うのは、富田靖子。14歳の時に今関あきよし監督『アイコ十六歳』(1983)でデビューした彼女も、今ではもう44歳。
曜子役を演じる彼女は、贅肉の削げ落ちた外見に大人の女性としての慎ましさを湛えていて何とも魅力的だ。前田敦子に優しく語りかける彼女の表情を見るだけでも、一見の価値ありだ。
曜子とタマ子の何げない会話シーンは、この映画におけるひとつの白眉だろう。





あと、個人的に心奪われたのは、東京行きの駅ホームに立つ友人に気づいた時のタマ子の表情。本当に何のドラマもないさりげないシーンだが、アップになる前田敦子の表情に心ときめかない人などいるのだろうか?

とにかく、この作品が原作つきではなく向井康介のオリジナル脚本であることがシンプルに嬉しい。僕は同じ山下=向井コンビの『リンダ リンダ リンダ』(2005)も大好きだった。
とかく最近はミニマムなだけの映画が目につくが、「ミニマムな世界を描くなら、せめてこれくらいのクオリティで作ってくれなきゃな!」と留飲が下がる思いだった。

本作は、2013年日本映画のささやかなる成果の一本である。
どなたにも、自信を持ってお勧めしたい。

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