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小林政広『完全なる飼育 女理髪師の恋(La Coiffeuse)』

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2004年12月28日公開、小林政広監督『完全なる飼育 女理髪師の恋(La Coiffeuse)』




企画・エグゼクティブプロデューサーは中沢敏明、プロデューサーは小林政広・金子尚樹・波多野ゆかり、脚本は小林政広、原案は松田美智子「完全なる飼育」より、音楽は佐久間順平、撮影監督は高間賢治、助監督は丹野雅仁、美術は飯塚優子、美術監修は山口修、照明は上保正道、編集は蛭田智子、録音は瀬谷満、音響効果は福島行朗、制作主任は川瀬準也、制作進行は橋場綾子・安孫子政人、衣裳は池田しょう子、ヘアメイクは白石義人、監督助手は瀬戸慎吾・西村信次郎、撮影助手は新家子美穂・池田直矢、照明助手は渋谷亮・松村志郎、録音助手は永口靖、整音助手は高坂隆、光学録音は利澤彰、編集助手は李英美、ネガ編集は松村由紀、スチールは石川登栂子、題字は岡村直子、タイトルは道川昭、タイミングは永沢幸治、録音スタジオは福島音響・アオイスタジオ、現像は東映ラボ・テック、テーマ曲・挿入曲はりりィ(唄)・斉藤洋士(演奏)「きみへの標(アメージンググレース)」(詞:りりィ、曲・トラディショナル)、「私は泣いています」(詞・曲:りりィ)、「時の過ぎ行くままに」(詞・阿久悠、曲・大野克夫)。
製作・配給はセディックインターナショナル、制作はモンキータウンプロダクション、制作協力はフロムファーストプロダクション・フィルムクラフト。
2003年/35mm/103分/カラー/アメリカンビスタ


こんな物語である。ネタバレするので、お読みになる方は留意されたい。

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冬の北海道白老町にやって来た男、ケンジ(北村一輝)。列車を下りたケンジは、その足で美髪という理髪店を確認すると中古車専門店に向かった。ケンジはどうしても今すぐに車が必要だと言って、渋る店員(林泰文)から整備の済んでいない事故車を五万円の即金で買った。
ケンジが次に向かったのは、廃墟のようになった売家。この家も即金で買い取ったケンジは、自分の手でリフォホームを始める。



今井治美(荻野目慶子)は、白老町で理髪店・美髪を始めて二年になる。夫の育夫(竹中直人)は仕事もせず、毎日パチンコに出かけては二万円負けて来る。田舎町の理髪店では儲けもたかが知れており、家計はいつも火の車だ。それでも、治美は夫のことをたしなめもしなければ、仕事をしろとはっぱをかけるでもない。
今日もパチンコで負けた育夫が愚痴り始めると、「葬式があってお客が沢山来たから、今夜は外食しましょう」と言って治美は夫を焼き肉に誘った。
夜、買い物帰りのケンジは治美と育夫が仲睦まじく歩いているところを見て、唖然とする。



翌日、ケンジは客として美髪を訪れる。坊主にしてくれと治美に注文すると、ケンジは椅子に座った。バリカンで刈られながら、ケンジは「外食は体に良くない」とか「亭主は仕事してないのか」と言った。怪訝な顔で治美が聞いていると、そこに電話がかかって来る。
ケンジに断って治美が電話に出ていると、散髪が途中にもかかわらずケンジは椅子に代金を置いて店を出て行ってしまう。



またしてもパチンコで負けている育夫に、店主の井田(佐藤二朗)がいい加減やめろと声をかける。不貞腐れる育夫に、ルーマニア・パブに行こうと誘う井田。
帰りの遅い夫を気にして治美は店から出て来るが、背後から近づいて来たケンジは彼女にクロロフォルムを嗅がせた。失神した治美を引きずって自分の車に乗せると、ケンジはリフォームした家に連れ去る。



意識を取り戻した治美は、手足を縛られ口をテープで塞がれた状態で布団に寝かされていた。傍らには、客として美髪にやって来た若い男が座っていた。
大声を出さないという約束でケンジは治美の口を塞いでいたテープを剥がしたが、当然のこと治美は帰してくれと叫び始めた。「ワインやケーキも用意したのに、あなたが台無しにした」と言って、ケンジは顔をくしゃくしゃにした。
怒りも露わに、ケンジは再び治美の口をテープで塞いだ。治美は、この男が何者で何が目的なのかまったく分からない。



翌朝、尿意を我慢できなくなった治美はケンジを起こした。ケンジに縄を解かせると、彼女はトイレに駆け込んだ。トイレから出て来た治美に近づくケンジ。家に帰してくれと治美が頼むと、ケンジは包丁を出した。
身構える治美に、ケンジはこの家から出て行くのなら自分を殺してから出て行ってくれと言って包丁を差し出した。包丁を構える治美を物ともせず、ケンジはにじり寄った。後ずさりする治美に、「刺すだけじゃ人は死なない。えぐらないと」とケンジは言った。
治美は裸足のまま雪の積もった庭に飛びだしたが、すぐケンジに捕まってしまう。ケンジは、治美を抱え上げると家の中に戻った。



家に戻った治美は、「私を抱いて」と言って服をかなぐり捨てた。そのまま、二人は抱き合った。
ケンジは、自分のことを語り出した。以前、彼は治美に髪を切ってもらったことがあったのだという。治美が白老町に越す前のことだ。




当時、ケンジは郵便局の外務員をしていた。彼の配達区域に、治美が勤めていた理髪店があった。一目惚れだった。ケンジは少しでも治美に近づきたい一心で、ポストがあるにもかかわらずわざわざ彼女に郵便物を手渡しした。話を聞くうちに、治美のそのおかしな配達員のことを思い出した。
「そんなに好きだったのなら、言ってくれればよかったのに」と治美が言うと、ケンジは苦々しく言った。「告白しようと思いました。でも、店に行ったらあなたはいなかった。その翌日も。お店の人に聞いたら、あなたは辞めたと…」。
「あの人に好きだと言われて、抱きしめられたから。そんなことは、初めてだったから」「あいつがすべて奪ってしまったんです」。
ケンジにしてみたら、治美を連れ去ったのではなく育夫から奪い返しただけなのだった。



その話を聞いてからというもの、ケンジと治美の間には絆のようなものが生まれた。しかし、駄目な男ではあっても育夫は二年間連れ添った夫だ。そう簡単に忘れることなどできない。そんな自分の思いが怖くて、治美は自分が逃げ出さないように縛ってくれとケンジに頼むが、もはやケンジにはそんなことできようはずもなかった。

二人は、まるで夫婦のように寄り添うようになる。ある時、ケンジが町まで買い出しに行こうとすると、治美は自分も連れて行って欲しいと言った。助手席に乗り込んだ治美は、「初めてのデートね」と微笑んだ。




しかし、二人はスーパーでバッタリ井田に会ってしまう。「奥さん!」と叫ぶ井田を振り切って、二人は車に乗り込んだ。




井田は、美髪に顔を出す。店には「休業します」と貼り紙が出されている。不機嫌そうに育夫が出て来た。一体妻は何処に消えてしまったのか、育夫には見当もつかない。井田は、治美が若い男と一緒だったとニヤつきながら言った。



スーパーでの一件で、二人はこの町での暮らしも潮時だと感じるようになる。特に、治美はその思いが強く、何処かへ移って二人でひっそり暮らそうと提案した。もちろん、ケンジには何の異存もない。二人は、新しい生活を夢想するようになる。



治美は、一人で出かけようとするケンジに声をかけた。ケンジは、煙草を買いに行くだけだからと言った。戻って来るまでに洗濯をしておいてくれと言って、ケンジは車に乗った。
車を見送ってから、治美は洗濯を始める。
ケンジが向かった先は、美髪だった。店のドアを開けて中に入ると、ジロッとこちらを睨んで来た育夫に向かって「久しぶりだな」とケンジは言った。
二年前、治美を連れ去ったこの男はケンジの年の離れた兄だった。「お前がグズグズしてるから、奪ってやったまでだ」と育夫は吐き捨てた。育夫は、忌々しそうにケンジの体を突き飛ばした。
「お前のお袋はどうしてる?」「半年前に死んだよ」「じゃあ、あの親父だけがのうのうと生き延びてる訳だな」。
ケンジは、治美と一緒になると一方的に宣言すると店を出た。



ケンジは、治美の待つ家に向けて車のハンドルを握っている。後方から、トラックがケンジの車を強引に抜き去って行った。治美との新生活、悪くない。二人の未来を想像すると、ケンジは自然と笑みがこぼれた。
前方でトラックが停まっていることに気づいてケンジはブレーキをかけるが、車のスピードはまったく落ちない。ケンジの脳裏に、中古車屋の言葉が蘇った。「事故車なんですよ。まだ整備してないし、ブレーキ・パッドも取り換えなきゃいけない…」。
どんどん近付いて来るトラックを避けようと、ケンジは必死にハンドルを切った。



横転したケンジの車を、トラックから降りて来た運転手(中澤寛)が覗き込んでいる。

店の窓から外を見ている育夫。今日の美髪は客で溢れている。淡々とお客の髪を切っていた治美は、突然電池が切れたように床に崩れ落ちた…。



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1965年11月に豊島区で起きた所謂女子高生籠の鳥事件は、本田達男監督『女高生飼育』(1975)や渡辺護監督『女子学生を縛る』(1981)など、成人映画では何度も題材にされている。犯罪心理学で「ストックホルム症候群」と定義付けられたのは、この事件から8年後にストックホルムで銀行強盗人質立てこもり事件が起きてからである。
この事件を題材に松田美智子が書いた『少女はなぜ逃げなかったのか 女子高校生誘拐飼育事件』(1994)をモチーフにしたのが、「完全なる飼育」シリーズである。



先ず僕が思ったのは、小林政広で「完全なる飼育」かぁ…ということだった。「完全なる飼育」シリーズといえば、監禁された女子高生と犯人との間に芽生える歪んだ愛情というのが定番で、それは小林政広という作家の資質とは相容れないように感じたからだ。
小林政広はピンク映画の脚本を何本も書いているが、彼の書く物語はことごとくピンク映画的エロティシズムから逸脱しており、そこにこそ小林の個性とオリジナリティがあるという不思議な作風であった。
まあ、僕はそんな小林脚本のピンク映画が大好きなのだが。

…で、本作を観て思ったのは、「完全なる飼育」を撮ってもやっぱり小林政広は小林政広だったということである。それに尽きる。
そもそも、ヒロインは女子高生どころか当時38歳だった荻野目慶子だし、彼女を拉致するのが5歳年下北村一輝である。事実、劇中で井田が育夫に「若い男と一緒だったぞ」という科白があるくらいだ。
ケンジによって治美が監禁されるという設定はギリギリ「完全なる飼育」のコンセプトに当てはまるかも知れないが、監禁から一晩明けたところですぐに男と女の立場は逆転してしまう。
本作で提示されるのは、孤独にまみれた女の渇きと自分の存在に気づいてさえもらえなかった内気な男の情念、その“一瞬の交錯”の物語である。
言ってみれば、「完全なる飼育」シリーズで期待される展開をことごとく外した異色作なのである。

荻野目慶子演じる治美からほとばしる想いの方が、ケンジよりよほど強靭にさえ思える。にもかかわらず、ケンジと治美が体を重ねるシーンはデカダンスな雰囲気こそ漂うものの、およそ官能とは程遠い。その辺りの淡白さも含めて、小林政広らしいなぁ…と僕は思うのだ。
この作品では、濡れ場は描かれてもそこからは過剰なエロティシズムがすっぽり抜け落ちているのだから。

列車に乗ってケンジが白老町にやって来るところから治美を監禁するまで、そこには余分な説明が一切排され、その一方で物語的な伏線は実に緻密に張り巡らされている。それは、ケンジが手にするハンカチであったり中古車屋でのやり取りであったり。
また、小林作品といえば北海道はロケ地の定番だが、この作品でも登場人物たちの心象風景とシンクロするように白老町の寒々しい景色が広がっている。
映像演出的には、長回しやロングショット、360度パンといった小林らしい技巧が施されているが、中でも治美が拉致されるシーンでケンジに引きずられるヒールのアップは強烈な印象を残す。

他の小林作品同様、本作も情緒的過剰さに陥ることなく、物語の説明的な部分はトイックに削ぎ落とされ、登場人物たちの表情と映像に多くを語らせる手法が取られている。それこそが、この作品の映画的成果と言っていいだろう。
後半の展開も、ケンジと育夫のやり取りにひとつのドラマ的ピークがあるものの、それとて水面下で激しく散らされる火花だ。
育夫の言葉から、この兄弟は異母兄弟であり、ろくでなしの父親から人生を呪縛されていることがほのめかされるだけである。

結局、誰一人救われることも解放されることもないまま、物語にはさっと幕が下ろされてしまう。
いや、ある意味ケンジだけが呪縛から解き放たれたのかも知れないが。


本作は、「完全なる飼育」シリーズとしては掟破りに異端な作品。
しかし、小林政広という映画監督の強靭な作家性は十分に感じ取れる逸品である。りりィの歌共々、じっくり味わって欲しい。

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