2013年12月21日公開の吉田恵輔監督『麦子さんと』。
エグゼクティブプロデューサーは小西啓介、プロデューサーは木村俊樹、アソシエイトプロデューサーは姫田伸也、ラインプロデューサーは向井達矢、脚本は吉田恵輔・仁志原了、撮影は志田貴之、美術は吉田昌悟、編集は太田義則、音響効果は佐藤祥子、音楽は遠藤浩二、挿入歌は松田聖子「赤いスイートピー」(ソニー・ミュージックダイレクト)、スタイリストは荒木里江、ヘアメイクは清水美穂、照明は佐藤浩太・岡田佳樹、録音は小宮元、助監督は佃謙介、キャスティングプロデューサーは星久美子、劇中アニメキャラクターデザイン・作画監督は八尋裕子、劇中アニメ演出・絵コンテは川崎逸朗、劇中アニメ制作はProduction I.G。
制作プロダクションはステアウェイ、製作はファントム・フィルム/ステアウェイ、配給はファントム・フィルム。
宣伝コピーは「ひとつだけ伝えたい。『大キライだったけど、お母さん、ありがとう。』」
こんな物語である。ネタバレするので、お読みになる方は留意されたい。
--------------------------------------------------------------------
小岩麦子(堀北真希)は、声優になることを夢見てアニメショップでバイトしている。今日も、麦子は同僚の女子(田代さやか)と仕事中に声優の真似ごとをしている。
両親が離婚した後、麦子と兄の憲男(松田龍平)は父親と暮らしていたが、その父が他界して今は兄妹二人暮らし。まだ幼かった麦子は、母親の顔さえ覚えていない。
そんなある日、麦子がバイトから帰るとアパートの前で憲男が中年女性(余貴美子)と揉み合いしていた。女性を追い返した後、麦子が誰と尋ねると「ババア。今更一緒に暮らそうだと」と憲男が言った。「ババアって?」「お袋だよ。お前、覚えてないのか?今まで俺の稼ぎで何とかやって来たんだ。今頃になって、一緒に暮らす気なんかねえよ」。
これで済んだと思っていた麦子のバイト先に、突然母親の赤池彩子が現れる。あなたと暮らす気などないという麦子に「麦ちゃん、一緒に暮らそうよ。私も職場が不景気で何かと苦しくてさ。一緒に暮らせば生活費も浮くし」「私たちを置いて出て行ったくせに、何を勝手なこと言ってるんですか」「でも、あたしも毎月15万の仕送りは厳しいし」「えっ!?仕送り??」。憲男は自分の稼ぎだと恩着せがましく言っていたが、実は彩子から金をもらっていたのだ。考えて見れば、パチンコ屋に勤める兄がそんなに給料をもらっているはずもなかった。
麦子について再びアパートを訪れた綾子。15万のことを持ち出された憲男は、渋々彩子との同居を了承した。
引っ越して来た彩子は、とにかくマイペースで何かと麦子を苛立たせた。憲男は、すべてを麦子に押し付けて我関せずのスタンスだ。そればかりか、恋人に同棲を迫られたと言って憲男は麦子を残しとっととアパートを出てしまう。
残された麦子は、いよいよストレスの溜まる彩子との二人暮らしをする羽目に。彩子は彩子で娘と少しでも分かり合おうと努力しているのだが、離れ離れになった時間はあまりにも長く、母娘の気持ちはなかなか寄り添うことができない。
彩子はラブホテルで清掃婦の仕事をしていたが、日に日に体調がすぐれなくなった。寝起きが酷く悪い彩子はもの大きな音の出る目覚まし時計をかけているが、それでも起きることができず麦子の方が驚いて飛び起きる始末だった。
麦子は声優を目指して専門学校に入学しようと思うが、入学金の高さに途方に暮れる。彩子に頼むのは論外だから憲男に相談したが、憲男は「どうせ、今回も長続きはしない」「いい加減、現実を見ろ」と言って金を貸してはくれなかった。そもそも、兄は兄で苦しい生活なのだ。
麦子が帰宅すると、彩子が勝手に声優の専門学校パンフを手に取っていた。応援するという彩子に腹を立てた麦子は揉み合いになり、「私、あなたのこと、母親と思ってないから!」と言って彩子を突き飛ばしてしまう。さらに麦子は、彩子の目覚まし時計を投げて壊してしまった。
壁に頭を打ちながら、彩子は「お母さんじゃないなら、お父さん?」と言って寂しそうに笑った。
麦子はとても嫌な気持ちになったが、自分の思いを彩子に伝える術がない。
その数日後、あっさり彩子は亡くなってしまう。彼女は、末期の肝臓癌に侵されていたのだ。実感もわかぬまま、憲男と麦子は母の葬儀を出した。
あれだけ憎まれ口を叩いていた憲男は、母に遺骨を前に号泣した。麦子は、彩子との最後の日々を思うと、胸が苦しかった。
彩子の四十九日。仕事で都合がつかないからと憲男に言われて、麦子は彩子の遺骨を抱えて彼女の故郷・山梨県都留市を訪れた。電車を降りると、麦子は駅長に「あれ、どっかで見たことある気がするなぁ…」と言われる。
駅を出て乗ったタクシーでは、運転手の井本まなぶ(温水洋一)から「彩子ちゃん!?」と驚かれる。井本の話では、彩子はこの町のアイドル的存在だったらしい。何かと後ろを見る井本は、警官と接触。鼻血を出した警官に、麦子は慌ててポケット・ティッシュを渡した。
旅館に着いた麦子を出迎える麻生春男(ガダルカナル・タカ)・夏枝(ふせえり)の経営者夫婦も麦子の顔を見るや目を丸くした。
その夜、噂を聞きつけた彩子ファンの町人たちが押し寄せて、旅館はおかしな同窓会状態となった。自分を捨てた母と町のアイドルというあまりのギャップに、麦子は戸惑った。
翌日、井本のタクシーで霊園管理事務所にやって来た麦子だったが、持参したはずの埋葬許可証がどうしても見つからない。憲男に電話して探してもらうが、どうやら家にもないらしい。
許可証がなければ母を埋葬することはできず、かといって滞在を伸ばそうにも旅館の宿泊費がない。「だったら、埋葬許可証が再発行されるまでうちに泊まったら」と管理事務所職員のミチル(麻生祐未)が言ってくれた。
麦子は、ミチルのアパートにしばらく泊めてもらうことになった。
埋葬許可証が届くまで何もやることのない麦子。時間を持て余す彼女に、ミチルは町を案内してやった。
麦子と彩子をだぶらせる井本は、麦子をボウリングに誘った。ミチルも井本も、彩子がどんな女の子だったのかを麦子に話した。麦子の戸惑いは、ますます大きくなって行った。
春男と夏枝には、金をせびっては遊びに行くだけのドラ息子・千蔵(岡山天音)がいる。町で偶然麦子に会った千蔵は、麦子を祭りに誘った。祭りのステージでは、地元の若者バンドが下手な演奏を聞かせていた。バンドがステージを降りると、司会の男性が麦子を見つけてステージに上がるよう声をかけて来た。
断るに断れぬ雰囲気に気圧されて麦子はステージに上がるが、今度はかつて彩子がこのステージで歌ったという「赤いスイートピー」まで歌う羽目になってしまう。
「最悪なんだけど…」と麦子は溜息をついた。
麦子は、独り者だと思っていたミチルが実は離婚しており、長い間子供に会っていないことを千蔵から聞かされる。ミチルの姿を彩子に重ねてしまう麦子は、自分の怒りを抑えることができなくなってしまう。
そんな事情など知る由もないミチルは、仕事帰りに呼び出された居酒屋へと向かう。店に着いてみると、麦子と井本がミチルのことを待っていた。麦子はすでに結構飲んでいるようだった。
酔っ払った麦子は、勢いに任せてミチルのことを責めた。「どうせ、子供はあなたになんか会いたいと思ってないはず」と言う麦子に、我慢できなくなって井本が言った。「いい加減、子供みたいなこと言うのやめろよ。ミチルさんは、彩子ちゃんじゃないんだぞ」。
図星を指された麦子は、店を出てしまう。今更ミチルのところにも戻れず、麦子は麻生の旅館まで歩いた。春男は、驚きながらも麦子を迎え入れた。
翌朝、またしても夏枝と千蔵が押し問答している。千蔵が夏枝を突き飛ばすと、麦子は反射的に千蔵を引っ叩いてしまう。麦子は、彩子を突き飛ばした自分の姿を千蔵の行為に重ねてしまったのだ。皆驚きの表情を浮かべたが、一番驚いていたのは麦子自身だった。
再発行された埋葬許可証が届き、ようやく彩子の納骨が済んだ。旅館から霊園管理事務所へと向かうタクシーの中で、井本は彩子の思い出をまた語った。
歌手を目指して彩子が東京に向かった日。偶然、井本は駅のホームで電車を待つ彩子と遭遇した。彩子は反対する両親との別れ覚悟で家を飛び出そうとしたが、両親は彼女のことを心配して沢山の荷物を持たせた。寝起きの悪い娘のことを思って、やたら音の大きな目覚まし時計まで押しつけた。麦子が壊してしまった、あの目覚まし時計。
「私、頑張らないとね…」と言って、彩子はうつむいた。井本は、とうとう自分の想いを打ち明けることができなかった。
麦子はミチルに礼を言うが、その表情は何ともぎこちない。彩子の墓前に手を合わせると、ミチルは言った。「この町を出た後、一度だけ彩子さんに会ったことがあるの。ちょうど、あなたを妊娠していた時。歌手にはなれなかったけど、今が一番幸せだって凄くいい表情してたわ」。
その言葉に、麦子は涙をこらえきれなくなる。「私、酷いこと言っちゃった。母親と思ってないって…」。肩を震わせる麦子のことをミチルは優しく抱きしめた。
管理事務所に戻って来た麦子。麦子は、駅まで歩きたいからと井本のタクシーを断った。
色々なことがあった彩子の生まれ故郷での一週間。麦子は、母の青春時代に触れて頑なだった心が解けて行くのが分かった。納骨が済んだことを電話で憲男に伝えると、憲男は彩子が麦子の夢のために使ってくれと通帳を残していたことを伝えた。
途中、一週間前に井本にはねられた警官とバッタリ会った。警官は、「もらったティッシュにこんなものが入っていた」と麦子に紙を渡した。それは、埋葬許可証だった。思わず、苦笑する麦子。
再び歩き始めた麦子は、「東京に戻ったら、しっかり生きて行かなきゃ…」とまっすぐ前を見つめた。
--------------------------------------------------------------------
一言で言えば、あまりにも絵空ごと的に“いいひと”たちオンパレードのストーリーである。ハート・ウォーミングを否定する気はさらさらないが、それにしてもこの甘さに流れる展開はどうだろう?
ラストに流れる「赤いスイートピー」が、いささかあざとくさえ感じられた。
心温まる話にどうにも感情移入できないのは、登場人物たちのうわべしか描かれないからである。
ラスト前で麦子を身ごもっていた頃が一番幸せな時間だったはずの彩子が、どうして子供たちを捨てたのかがまったく描かれないし、彼女が急死するまでの描かれ方もあまりに定型的で凡庸ではないか?
また、麦子の“自分を捨てた母親との葛藤”にしても、取ってつけたような浅さがある。
それ以上に浅薄なのが憲男で、この兄貴が一体何を考えて生きているのかが不明。彩子のことを否定しつつも15万の仕送りはしっかり受け取り、しかもそれを妹に隠して俺の稼ぎで何とかやっていると見栄を張る。中途半端に粋がる軽薄なお調子者にしか映らない。
母親の葬儀でいきなりエモーショナルに号泣するのも、感動を煽るようでノレない。
そもそも論として、兄妹だけのつつましやかな暮らしのはずが、麦子が何度も夢を中途半端に投げてしまう点も解せない。そういう甘えが許される経済環境が、物語から説得力を奪ってしまうのだ。
温水洋一のあまりに方にハマりすぎたキャスティングもどうかと思うし、そもそもタクシーが警官跳ね飛ばして不問と言うのもちょっとないよなと思う。
そんな中で、一番いいのは麻生祐未演じるミチルの造形だろう。
ただ、何だかんだ言ってもやはり本作は堀北真希のための映画…結局はそれに尽きるのだろう。
僕は、これまで彼女の演技をほとんど評価していなかった。人形のように可愛い面立ちの女性だが、表情に乏しく科白も単調でおおよそ表現力に欠けていたからだ。
ただ、監督が堀北真希を可愛く撮ろうと心血を注いでいるのは伝わって来るし、事実この作品の堀北真希は本当に可愛い。
で、この作品における映画的成果と言えるシーンはといえば、僕は迷わずミチルを前にして落涙する麦子の場面と答える。
この演技を見たことで、堀北真希は演者として一皮むけるかもしれない…と思った。それほど、この場面での堀北の演技は胸に迫るものがあったのだ。
ただ、堀北真希の飛躍を予感させる映画故、彼女のファンなら必見だろう。