エグゼクティブプロデューサーは森山敦、プロデューサーは鈴木剛・松野拓行、アクション監督はカラサワイワオ、脚本は園子温、撮影は山本英夫、美術は稲垣尚夫、照明は小野晃、編集は伊藤潤一、録音は小宮元、音響効果は齊藤昌利、音楽は園子温・井内啓二・坂本秀一、主題歌は星野源「地獄でなぜ悪い」、スクリプターは貞木優子、残酷効果・特殊造形は石野大雅、装飾は山田好男、助監督は木ノ本豪、VFXプロデューサーは赤羽智史、制作担当は佐藤圭一朗。
製作は「地獄でなぜ悪い」製作委員会(キングレコード、ケー・エイチ・キャピタル、BizAsset、ティ・ジョイ、ガンジス)、配給はキングレコード、ティ・ジョイ。
宣伝コピーは「世界が笑った。」/2012年/130分
こんな物語である。
暴力団の武藤組は、対抗組織の住田組と激しい抗争を繰り広げている。武藤大三(國村隼)の自宅を住田組が急襲するが、武藤本人は浮気相手のところにしけ込んでいて不在。一人家にいた妻のしずえ(友近)が、ヤクザ達を包丁で血みどろの返り討ちにしてパクられてしまう。
自分の代わりにムショ入りしてしまった愛妻の元に足繁く武藤は面会に行くが、しずえの夢は愛娘ミツコをムービー・スターにすることだった。
しずえがヤクザ達を血祭りに上げた日。子役CMタレントをしているミツコ(原菜乃華)が帰宅すると、自宅の床が真っ赤に染まっていた。家の中では、血を流した池上純(堤真一)が荒い息をしていた。しばし二人はやり取りしたが、ミツコの言動に池上は惹かれてしまう。
息も絶え絶えに、血を流しながら歩く池上。すると、背後で高校生のはしゃぎ声が聞こえる。ふり向いてみると、そこにはファック・ボンバーズと名乗る映画好きの平田純(中山龍也)、佐々木鋭(中田晴大)、谷川(青木美香)、御木(小川光樹)が「スゲエ、スゲエ!」と8ミリ・カメラを回していた。
池上は、呆れつつもカメラ目線で歩いて行った。
武藤組の報復で住田組組長(諏訪太朗)は取られたが、その後を継いだ池上は池上組として武藤に停戦を申し入れる。武藤も、その申し出を受けた。
平田は、自分にとっての最高の一本を撮るのが夢。ヤンキー上がりの佐々木を日本のブルース・リーに、カメラの谷川・御木と大きな夢を語る。
願い事が叶うと言われる神様に、平田は自分の名前と電話番号を書いた紙を奉納して仲間たちと成功を祈願した。
月日は流れ、しずえの出所があと9日に迫った。面会の度ごと武藤はミツコ(二階堂ふみ)の主演作が撮影中だと言っており、しずえは映画を観ることを楽しみにしている。
実際、武藤は力にものを言わせて知り合いのプロデューサー木下(石丸謙二郎)にミツコ主演の映画を撮らせようとした。ところが、クラインクイン直前にミツコは男と共にバックレてしまう。
窮地に立たされた武藤は、自分たちの手でミツコ主演の映画をしずえの出所までに撮ることを宣言。おりしも池上組との抗争が激しくなっており、組員たちは猛反対するがそれを聞き入れる武藤ではなかった。
ミツコは武藤組の追手から逃げ回っている中、偶然出逢った冴えない男・橋本公次(星野源)に今日一日だけ恋人を演じて欲しいと懇願した。橋本は、偶然にもCMタレント時代のミツコにゾッコンだった。
訳も分からぬまま恋人役を引き受けた橋本を連れて、ミツコは本当の恋人の元に押し掛けた。恋人はミツコと逃げた後、武藤組を恐れて他の女に乗り換えていた。
ミツコは、男にケリをつけると橋本と一緒にアパートを立ち去るが、とうとう武藤組に捕まってしまう。武藤組の面々は橋本をミツコの男と思い込むが、ミツコもそれを否定しようとはしなかった。
橋本は、殺されるかもしれないとひたすらビビっていた。
平田率いるファック・ボンバーズは、いまだ最高の一本を撮れていない。昔撮ったパイロット・フィルムを観ては空疎な理想を語る日々に、佐々木は疲れ果てアクション俳優を諦めると宣言してバイトに出かけた。
武藤組に連れて来られた橋本は、武藤と対峙していた。すでに組員たちは殺気立っている。すると、ミツコは「この人、映画監督なの!」とハッタリをかました。それを真に受けた武藤は、「ミツコ主演の映画を撮れ。撮れなければ命はない」と言った。
映画を撮らざるを得なくなった橋本だが、彼には映画製作の知識などゼロ。パニックに陥った橋本は、隙を見て武藤組から逃走した。
逃げた橋本が組員たちに再び捕まったのは、9年前に平田が願掛けした祠の前だった。恐怖から祠に向かって盛大に嘔吐する橋本。
すると、吐しゃ物に流されて祠から平田の願掛けした紙きれが出て来る。「映画監督になりたい 電話番号xxx-xxxx-xxxx 平田純」という文字に、わらをもつかむ思いで橋本は電話した。
池上は、今でもミツコのことを想っていた。池上組の壁には、成長したミツコの写真が大きく引き伸ばされて貼られている。
武藤組が殴り込んで来るとの情報に池上は臨戦態勢を取るが、一向に武藤組が攻め込んで来る気配はない。それもそのはず、同じ頃武藤組は映画撮影の件でごった返していた。
橋本から突然の電話をもらった平田は、遂に映画の神様が微笑んだと思い込んで映画作りを快諾。
ファック・ボンバーズのメンバー全員で、武藤組を訪れた。組員の提案で、撮影するのは武藤組と池上組の抗争シーンに決まった。
こうして、前代未聞の型破り自主映画がクランクインする…。
本作は、園子温が20年ほど前に書いたオリジナル脚本を加筆修正して撮られたものである。過激なバイオレンスものや近年の震災原発作品と発表の度に何かと話題の多い彼が撮った新作は、言ってみればスラップスティックで風変りな映画賛歌であった。
本作を観て僕が強く感じたのは、「何だかんだ言っても、園子温の作家性はこういう振り切れたフィクションでこそ発揮されるんだな」ということだった。
『希望の国』 公開時、彼はインタビューで「日本では、映画はアートではなく結局は芸能なんだ」と失望の念を吐露していたが、僕はその発言を鼻白む思いで受け止めていた。
「そうは言っても、園子温が注目され支持されたのは、まさしくその過剰な非アート的語り口だろうに」と。
『地獄でなぜ悪い』公式HPのイントロダクションには「これまで『愛のむきだし』『冷たい熱帯魚』『恋の罪』などで知られた“性と暴力と過激な映画作家”のイメージを覆して」という文章が掲載されているが、「それは、ちょっと違うんじゃないか?」と僕は思う。
表現形態こそ本作はコメディであるが、やっていることの本質は『冷たい熱帯魚』と同じベクトルにあるとしか思えないからだ。
そして、その方向性こそが園子温を園子温たらしめるオリジナリティなのである。
もちろん、『冷たい熱帯魚』は実際に起こった事件を題材にした作品であり、本作は過剰フルスロットルな暴力スプラッター・コメディである。
しかし、『冷たい熱帯魚』にしても『地獄でなぜ悪い』にしてもスクリーンいっぱいに飛び散る血しぶきの赤や累々と横たわる屍の山は、同じようにリアリズムの彼方にあるように感じる。前者は事実に基づいているのを知った上でも、やはりそう思ってしまう。
ゾンビ映画がそうであるように、過剰な残酷描写やあまりにも盛大な血しぶきというのは、現実を遠ざける機能を有しており、もはや笑うしかないというベクトルに向かうのではないか。
ある意味、血の赤が妙に映像色彩的に美しく計算されている訳だ。
自分の作家的特質を逆手に取って、臆面もなく青臭い映画賛歌を撮ってしまうことこそが園子温なのだろう。
この映画は、徹底的に映画という見世物的フィクショナリズムで作られているところにこそ美徳があるのだ。
カメオ的に贅沢なくらい役者がキャスティングされているのも楽しいが、僕としては嬉々としてヤクザの組長を演じる國村隼と堤真一の二人で決まりである。
最近何かと話題の二階堂ふみや星野源あるいは長谷川博己には、あまり魅力を感じなかった。
個人的な好みと言ってしまえばそれまでだが、二階堂ふみの演技については突き抜け切れてない拙さが物足りない。
映画の内容について言及すると、十分に楽しめはしたが武藤組と池上組の抗争の活写に比してファック・ボンバーズのエピソードがいささか浮いていること、物語の構成をもう少し煮詰めれば橋本公次というキャラクターが不要に思えることに不満を覚える。
そして、ラストは映画館でのスタンディング・オヴェーションで終幕すべきではなかったかとの思いが残った。
それ以降を描いてしまうことに園子温らしさを感じもするが、個人的には絵空事的“映画の嘘”に徹して欲しかった。
いずれにしても、本作は園子温にしか撮り得ない痛快娯楽コメディである。
お勧めしたい。
製作は「地獄でなぜ悪い」製作委員会(キングレコード、ケー・エイチ・キャピタル、BizAsset、ティ・ジョイ、ガンジス)、配給はキングレコード、ティ・ジョイ。
宣伝コピーは「世界が笑った。」/2012年/130分
こんな物語である。
暴力団の武藤組は、対抗組織の住田組と激しい抗争を繰り広げている。武藤大三(國村隼)の自宅を住田組が急襲するが、武藤本人は浮気相手のところにしけ込んでいて不在。一人家にいた妻のしずえ(友近)が、ヤクザ達を包丁で血みどろの返り討ちにしてパクられてしまう。
自分の代わりにムショ入りしてしまった愛妻の元に足繁く武藤は面会に行くが、しずえの夢は愛娘ミツコをムービー・スターにすることだった。

しずえがヤクザ達を血祭りに上げた日。子役CMタレントをしているミツコ(原菜乃華)が帰宅すると、自宅の床が真っ赤に染まっていた。家の中では、血を流した池上純(堤真一)が荒い息をしていた。しばし二人はやり取りしたが、ミツコの言動に池上は惹かれてしまう。
息も絶え絶えに、血を流しながら歩く池上。すると、背後で高校生のはしゃぎ声が聞こえる。ふり向いてみると、そこにはファック・ボンバーズと名乗る映画好きの平田純(中山龍也)、佐々木鋭(中田晴大)、谷川(青木美香)、御木(小川光樹)が「スゲエ、スゲエ!」と8ミリ・カメラを回していた。
池上は、呆れつつもカメラ目線で歩いて行った。

武藤組の報復で住田組組長(諏訪太朗)は取られたが、その後を継いだ池上は池上組として武藤に停戦を申し入れる。武藤も、その申し出を受けた。
平田は、自分にとっての最高の一本を撮るのが夢。ヤンキー上がりの佐々木を日本のブルース・リーに、カメラの谷川・御木と大きな夢を語る。
願い事が叶うと言われる神様に、平田は自分の名前と電話番号を書いた紙を奉納して仲間たちと成功を祈願した。
月日は流れ、しずえの出所があと9日に迫った。面会の度ごと武藤はミツコ(二階堂ふみ)の主演作が撮影中だと言っており、しずえは映画を観ることを楽しみにしている。
実際、武藤は力にものを言わせて知り合いのプロデューサー木下(石丸謙二郎)にミツコ主演の映画を撮らせようとした。ところが、クラインクイン直前にミツコは男と共にバックレてしまう。
窮地に立たされた武藤は、自分たちの手でミツコ主演の映画をしずえの出所までに撮ることを宣言。おりしも池上組との抗争が激しくなっており、組員たちは猛反対するがそれを聞き入れる武藤ではなかった。
ミツコは武藤組の追手から逃げ回っている中、偶然出逢った冴えない男・橋本公次(星野源)に今日一日だけ恋人を演じて欲しいと懇願した。橋本は、偶然にもCMタレント時代のミツコにゾッコンだった。
訳も分からぬまま恋人役を引き受けた橋本を連れて、ミツコは本当の恋人の元に押し掛けた。恋人はミツコと逃げた後、武藤組を恐れて他の女に乗り換えていた。
ミツコは、男にケリをつけると橋本と一緒にアパートを立ち去るが、とうとう武藤組に捕まってしまう。武藤組の面々は橋本をミツコの男と思い込むが、ミツコもそれを否定しようとはしなかった。
橋本は、殺されるかもしれないとひたすらビビっていた。

平田率いるファック・ボンバーズは、いまだ最高の一本を撮れていない。昔撮ったパイロット・フィルムを観ては空疎な理想を語る日々に、佐々木は疲れ果てアクション俳優を諦めると宣言してバイトに出かけた。
武藤組に連れて来られた橋本は、武藤と対峙していた。すでに組員たちは殺気立っている。すると、ミツコは「この人、映画監督なの!」とハッタリをかました。それを真に受けた武藤は、「ミツコ主演の映画を撮れ。撮れなければ命はない」と言った。
映画を撮らざるを得なくなった橋本だが、彼には映画製作の知識などゼロ。パニックに陥った橋本は、隙を見て武藤組から逃走した。
逃げた橋本が組員たちに再び捕まったのは、9年前に平田が願掛けした祠の前だった。恐怖から祠に向かって盛大に嘔吐する橋本。
すると、吐しゃ物に流されて祠から平田の願掛けした紙きれが出て来る。「映画監督になりたい 電話番号xxx-xxxx-xxxx 平田純」という文字に、わらをもつかむ思いで橋本は電話した。
池上は、今でもミツコのことを想っていた。池上組の壁には、成長したミツコの写真が大きく引き伸ばされて貼られている。
武藤組が殴り込んで来るとの情報に池上は臨戦態勢を取るが、一向に武藤組が攻め込んで来る気配はない。それもそのはず、同じ頃武藤組は映画撮影の件でごった返していた。


橋本から突然の電話をもらった平田は、遂に映画の神様が微笑んだと思い込んで映画作りを快諾。
ファック・ボンバーズのメンバー全員で、武藤組を訪れた。組員の提案で、撮影するのは武藤組と池上組の抗争シーンに決まった。


こうして、前代未聞の型破り自主映画がクランクインする…。

本作は、園子温が20年ほど前に書いたオリジナル脚本を加筆修正して撮られたものである。過激なバイオレンスものや近年の震災原発作品と発表の度に何かと話題の多い彼が撮った新作は、言ってみればスラップスティックで風変りな映画賛歌であった。
本作を観て僕が強く感じたのは、「何だかんだ言っても、園子温の作家性はこういう振り切れたフィクションでこそ発揮されるんだな」ということだった。
『希望の国』 公開時、彼はインタビューで「日本では、映画はアートではなく結局は芸能なんだ」と失望の念を吐露していたが、僕はその発言を鼻白む思いで受け止めていた。
「そうは言っても、園子温が注目され支持されたのは、まさしくその過剰な非アート的語り口だろうに」と。
『地獄でなぜ悪い』公式HPのイントロダクションには「これまで『愛のむきだし』『冷たい熱帯魚』『恋の罪』などで知られた“性と暴力と過激な映画作家”のイメージを覆して」という文章が掲載されているが、「それは、ちょっと違うんじゃないか?」と僕は思う。
表現形態こそ本作はコメディであるが、やっていることの本質は『冷たい熱帯魚』と同じベクトルにあるとしか思えないからだ。
そして、その方向性こそが園子温を園子温たらしめるオリジナリティなのである。
もちろん、『冷たい熱帯魚』は実際に起こった事件を題材にした作品であり、本作は過剰フルスロットルな暴力スプラッター・コメディである。
しかし、『冷たい熱帯魚』にしても『地獄でなぜ悪い』にしてもスクリーンいっぱいに飛び散る血しぶきの赤や累々と横たわる屍の山は、同じようにリアリズムの彼方にあるように感じる。前者は事実に基づいているのを知った上でも、やはりそう思ってしまう。
ゾンビ映画がそうであるように、過剰な残酷描写やあまりにも盛大な血しぶきというのは、現実を遠ざける機能を有しており、もはや笑うしかないというベクトルに向かうのではないか。
ある意味、血の赤が妙に映像色彩的に美しく計算されている訳だ。
自分の作家的特質を逆手に取って、臆面もなく青臭い映画賛歌を撮ってしまうことこそが園子温なのだろう。
この映画は、徹底的に映画という見世物的フィクショナリズムで作られているところにこそ美徳があるのだ。
カメオ的に贅沢なくらい役者がキャスティングされているのも楽しいが、僕としては嬉々としてヤクザの組長を演じる國村隼と堤真一の二人で決まりである。
最近何かと話題の二階堂ふみや星野源あるいは長谷川博己には、あまり魅力を感じなかった。
個人的な好みと言ってしまえばそれまでだが、二階堂ふみの演技については突き抜け切れてない拙さが物足りない。
映画の内容について言及すると、十分に楽しめはしたが武藤組と池上組の抗争の活写に比してファック・ボンバーズのエピソードがいささか浮いていること、物語の構成をもう少し煮詰めれば橋本公次というキャラクターが不要に思えることに不満を覚える。
そして、ラストは映画館でのスタンディング・オヴェーションで終幕すべきではなかったかとの思いが残った。
それ以降を描いてしまうことに園子温らしさを感じもするが、個人的には絵空事的“映画の嘘”に徹して欲しかった。
いずれにしても、本作は園子温にしか撮り得ない痛快娯楽コメディである。
お勧めしたい。