製作はギャンビット、ハピネット、配給・宣伝は東京テアトル、宣伝協力はミラクルヴォイス、スターキャスト・ジャパン。
宣伝コピーは「ラブホテルで 交錯する男たち、女たち 身も心も触れ合うとき、きっと何かが見えてくる――不器用で愛おしい人々へ」
一流ホテルのホテルマンになることを目指して東北から上京した高橋徹(染谷将太)は、希望を叶えることができず今は歌舞伎町のラブホテルで雇われ店長をしている。そして、同棲中の飯島沙耶(前田敦子)との間には、やや倦怠ムードが漂っている。
沙耶はミュージシャンとしてプロ・デビューすることを目指しており、今夜のライブにはレコード会社のプロデューサーが見に来ることになっていた。沙耶はスリー・ピース・バンドのギター兼ボーカルだが、プロデューサーは彼女だけをデビューさせる考えのようだった。
沙耶は、徹の勤めているホテルなら、社員割引でブライダルできるんでしょと聞いて来る。いまだ、徹は本当のことを彼女に告げられずにいた。
韓国人のイ・ヘナ(イ・ウンウ)とアン・チョンス(ロイ[5tion])のカップル。ヘナは祖国でブティック、チョンスは飲食店の開店資金を稼ぐ目的で東京にやって来た。ヘナは資金が貯まったから明日韓国に戻るというが、チョンスの方は目標額に程遠い。ホステスがそんなに儲かるものかとチョンスは懐疑的で、二人の間に何とも気まずい空気が流れる。
ヘナの目を盗んで彼女のバッグの中を覗いたチョンスは、一枚の名刺を見つける。
アパートでひっそりと暮らす池沢康夫(松重豊)と鈴木里美(南果歩)の冴えない中年カップル。二人は、傷害事件を起こしており警察から逃げていた。そして、時効成立まであと38時間のところまで来ていた。
里美は、決して家から出ないようにと言ってから、仕事に出かける。
徹と沙耶は自転車に二人乗りしている。沙耶に電話がかかって来て、彼女は自転車から降り、二人は別れた。徹は、歌舞伎町のラブホテル「HOTEL ATLAS」に到着した。ここで働くのは、健康保険にすら入っていない男(リカヤ)や要領の悪い中国人、そして里美の三人。徹の口癖は、「俺は、こんな所で燻ってるような人間じゃないんだ」だ。
今日は、ワンフロアをAVの撮影で使用しているとのことだった。助監督が注文したピザを徹が届けに行くと、部屋にいたのは自分の妹・美優(樋井明日香)だった。徹は、言葉を失う。
美優は、保育士になるため専門学校に通っているが、東日本大震災で実家が被災したために父親は仕事を失った。彼女は、バイト生活を余儀なくされたが、日中は疲れで居眠りしてしまい授業どころではなくなってしまった。そこで、高額が稼げるAV女優を始めたのだった。
AV女優やってることを親に言えるのかと言われた美優は、徹にラブホテルに勤めていることを言えるのかと切り返した。
チョンスが心配したとおり、ヘナは「ジューシー・フルーツ」という店でデリヘル嬢をしていた。彼女の源氏名は、イリア。指名を受けたヘナは、ATLASに向かった。彼女を指名したのは常連客の雨宮影久(村上淳)。ヘナは、持ち前のテクニックで雨宮を素股で射精に導いた。
ナンパした女を風俗に売り飛ばすスカウトマンの早瀬正也(忍成修吾)は、家出女子高生の福本雛子(我妻三輪子)を連れてATLASにチェックインした。数日風呂に入っていないという雛子をバスルームに行かせると、正也はかかってきた電話にJKを引っかけてラブホに入ったことを告げた。
正也は仕事として優しく接しただけだったが、その優しさに感激して自分がどんな人生をサヴァイヴしてきたかを吐露する雛子の純真さに心を動かされてしまう。
セックスして一度眠りに落ちた雛子が目を覚ますと、正也はいなかった。「必ず戻るから」というメールを残して、正也は今の仕事から足を洗うために上役のところに向かったのだ。
中年男が、ギターを抱えた女を連れてATLASに入って来た。男は音楽プロデューサーの竹中一樹(大森南朋)、女は沙耶だった。互いに気づき、愕然とする徹と沙耶。チェックインすると、沙耶は「どうしているの?」とメールして来たが、徹は返信することもできず悶々とするだけだ。
沙耶がいる部屋から風呂のお湯が出ないと電話が入る。里美に頼んでも行ってくれないので、渋々徹が行くと出て来たのは沙耶。部屋の奥からは、湯の出る音がしている。沙耶は、何で徹がここで働いているのか、自分が男と寝てもいいのかと食ってかかるが、徹が枕営業と非難すると、彼女は思い切り引っ叩いて来た。徹は、やけくそになってフロントに戻った。
様子が変わった沙耶に、竹中は「嫌ならいいんだ。別に、女に不自由してる訳じゃない」と吐き捨てた。沙耶は、ベッドの上で服を脱いだ。
深夜になって、如何にも訳ありそうなカップルがATLASにやって来た。エリート刑事の新城竜平(宮崎吐夢)と叩き上げで念願の刑事になった藤田理香子(河井青葉)は、職場にばれないように不倫していた。
理香子は、里美をひと目見て何処かで見た顔だと思ったが、新城とのセックスの後で彼女が指名手配の犯人であることを思い出す。しかも、時効が成立するのは今日だ。ただ、里美を確保して本部に連絡を入れれば、自分たちの不倫がばれることになってしまう。
ジューシー・フルーツの店長・久保田正志(田口トモロヲ)に送り出されて、最後の仕事に赴くヘナ。ATLASの指定された部屋に入ると、待っていたのはチョンスだった。
それぞれの人生が交錯する中、歌舞伎町の長い夜がもうすぐ明けようとしていた…。
歌舞伎町のラブホテルで展開する訳ありな人々の一日を、多角的な視点で描いたグランドホテル形式の群像劇である。
ストーリーテリングの巧みさ、演出テンポの良さ、登場する役者陣それぞれの上手さと魅力で、135分の尺に長さを感じさせることなく、映画は最後まで走り切る。
ちなみに、ラブホテルの外観は歌舞伎町の「HOTEL ATLAS」だが、内部は柏の高級ラブホテル「HOTEL BRUGGE」で撮影されている。
どうでもいい余談としては、同じグランドホテル形式で撮られた松岡邦彦監督のピンク映画『ド・有頂天ラブホテル -今夜も、満員御礼-』(2006)にも、HOTEL ATLASが使われている。
で、僕もなかなかに楽しめはしたのだが、どうしても気になってしまうことがあった。先ずは、それぞれのエピソードが既視感を伴ういささか使い古された語り口であることだ。徹と沙耶の関係はいいとして、ヘナとチョンスの物語は韓流チックに感傷的なものだし、沙耶と竹中の一夜の関係は流石にどうかと苦笑する。雛子と正也の風俗物語純情篇みたいな展開もどうなんだと思う。
美優のAV嬢という話自体はなかなかにドライで悪くないのだが、そこに東日本大震災を絡められるとやはり首を傾げてしまう。このエピソードは、廣木監督が実際耳にした話が元になっているそうで、現実にそういう人生の選択を迫られた女性が少なからずいるであろうことも想像できる。しかし、それを映画のエピソードに組み込んでしまうと、何とも言えないもやもやが残ってしまう。語弊を恐れずに言えば、震災がある種の悲惨装置として安易に使われている印象を払拭できないからだ。
いずれにしても、それぞれの登場人物の人生と行動原理を語り過ぎるところ、ウェットな方向にもって行きがちなところに、作り手の世代を感じてしまう。人生がとどまることなく通過して行くラブホテルという場所を考えた時、若い作り手が撮ったならもう少しクールでドライな描き方をするんじゃないかな…と思う。要するに、説明的に過ぎるのだ。
で、これらの不満を解消してくれるのが時効カップルの里美と康夫、それから不倫刑事の理香子と新城のエピソードである。この二組のドラマの巧みさは、そのままこの作品のキレ味に直結する。
それから、流石ピンク映画やロマンポルノを作っていた廣木・荒井・中野というか、とにかく濡れ場のシーンがどれも素晴らしく見応えがある。中でもイ・ウンウと村上淳のプレイは出色だが、河井青葉と宮崎吐夢のバスルームの絡みも、樋井明日香の撮影シーンも、我妻三輪子のシャワー・シーンもある種の潔ささえ漂っていていい。
こういう力ある濡れ場を前にすると、ピンク映画の存在意義にいよいよ懐疑的になってしまう訳だ。
前述したように、役者陣がそれぞれに熱演していることも本作の魅力である。不貞腐れた染谷将太もいいが、やはり個人的にはイ・ウンウに惹かれる。そして、南果歩も河井青葉も我妻三輪子も持ち味を十分に発揮していると思う。そう考えると、本作は女性映画と言ってもいいのではないか。
それから、脇役の田口トモロヲの穏やかさも印象に残るし、忍成修吾も悪くない。登場シーンこそ短いものの、川瀬陽太もしっかりインパクトを残す。
マニアックなことを言うと、ピンク映画では薫桜子として人気のあった愛奏がチラッと出るのも嬉しい。
彼らに比べ、前田敦子の存在感の希薄さは物足りなかった。
観ておいて損のない、良心的な作品である。