2014年12月20公開、武正晴監督『百円の恋』。
製作は間宮登良松、企画監修は黒澤満、エグゼクティブプロデューサーは加藤和夫、プロデューサーは佐藤現・平体雄二・狩野善則、脚本は足立紳(第一回「松田優作賞」グランプリ受賞作)、音楽は海田庄吾、主題歌はクリープハイプ「百八円の恋」(作詞・作曲:尾崎世界観)(UNIVERSAL MUSIC)、音楽プロデューサーは津島玄一、撮影は西村博光(J.S.C.)、照明は常谷良男、美術は将多、録音は古谷正志、編集は洲崎千恵子、衣装は宮本まさ江、助監督は山田一洋、制作担当は大川伸介、フライヤー&ポスタースチールは鈴木親、特別協力は大橋広宣、企画宣伝はセントラル・アーツ、オフィス作、ブレス。製作プロダクションはスタジオブルー、製作は東映ビデオ、配給・宣伝はSPOTTED PRODUCTIONS。
宣伝コピーは「呆れる程に、痛かった。」
2014/カラー/113分/DCP5.1ch/ビスタサイズ/R15+
斎藤一子(安藤サクラ)は、32歳にもなっていまだ自堕落に自宅でパラサイト生活を送っている。母親の佳子(稲川実代子)は弁当屋を切り盛りする働き者だが、父親の孝夫(伊藤洋三郎)はあまり役に立たない。
仕事に就くでもなく家業を手伝うでもなく、親のすねをかじってダラダラ過ごす一子だったが、妹の二三子(早織)が子連れで出戻って来てからというもの斎藤家には険悪なムードが漂い始めた。
一子と二三子の息子はゲーム仲間だが、それも含めて弁当屋を手伝う二三子には無気力でわがままな姉の存在が我慢ならない。ある日、姉妹はとうとう派手な大喧嘩をしてしまい、見かねた佳子は一子に金を渡して出て行くように言った。
やけくそ気味に、勢いだけで家を出た一子。彼女は、行きつけの百均ショップ「百円生活」がバイト募集しているのを見つけて面接を受ける。気弱そうな店長の岡野淳(宇野祥平)は、呆気ないほど簡単に彼女を採用してくれた。とりあえず、家賃の安いぼろアパートに入居を決めて、一子は新しい生活を始める
一子のバイト先は、店長はうつ気味、店員の野間明(坂田聡)は無駄におしゃべりでしつこいバツイチ中年、レジの金を盗んでクビになった元・店員の池内敏子(根岸季衣)が夜な夜なやって来ては売れ残った店の弁当をくすねに来るという社会の底辺を絵に描いたような場所だった。
一子のアパートからバイト先までの途中に、青木ジムというボクシング・ジムがあった。ジムの前を通るたび、一子は足を止めて中を覗き込むのが習慣になっていた。彼女の視線の先には、年齢制限により引退間近のロートル・ボクサー狩野祐二(新井浩文)がいた。
狩野は、よく「百円生活」にバナナを買いに来ているらしく、野間は彼のことをバナナマンと呼んでいた。
執拗にちょっかいを出してくる野間のことは相手にせず、一子は黙々とバイトを続けている。ある時、店に買ったバナナを置いて行ってしまった狩野に一子が商品を届け、それがきっかけで二人にやり取りが生まれた。
一子は、狩野から唐突に動物園に誘われるが、狩野は会話も少なく終始仏頂面で、閑散とした動物園同様に寒々しいデートとなった。
今度は狩野から試合のチケットを渡された一子は、何故か野間と一緒に観戦する羽目になる。それは狩野の引退マッチだったが、最後の試合でも狩野は負けてしまった。
試合後に三人は居酒屋に行くが、一子が席を外すと野間は狩野に一子が自分に惚れているのだと嘘を吹き込む。狩野は、野間のボディに一発お見舞いして店を出て行ってしまう。一子には、まったく事情が分からない。
すると、狩野が帰ったことをこれ幸いと今度は野間が一子の腹にパンチをお見舞いして強引にラブホテルに連れ込み、彼女をレイプした。一子にとっては、これが初体験だった。
一子は警察に通報するも、野間は店のレジから売上を盗んで逃走した。
そのまま野間は姿をくらまし、店長の岡野はうつ病が酷くなって店を辞めた。代わりに本社の佐田和弘(沖田裕樹)が店長兼任でやって来たが、いつでも不満を漏らす佐田のお陰で、店の雰囲気はますます悪くなった。
一子は、狩野への興味が転じてボクシングそのものに興味を抱くようになり、青木ジムに通い始めた。そんな折、ひょんなことから一子は狩野と深い仲になり二人は同棲を始めるが、狩野は新たに始めた豆腐売りの仕事でバイト仲間の女(あこ)と出来てしまい、一子のことをあっさり捨てた。
再び一人になった一子は、ますますボクシングに熱中するようになり、プロテストを受けたいとジムの会長(重松収)に頼む。一子の年齢はプロ・ライセンス既定の上限で、最初は相手にもしなかった会長だったが、トレーナーの小林(松浦慎一郎)を相手に一心不乱に練習する彼女の姿を見せつけられて渋々テスト受験を了承する。
一子は、これまでのダメな人生にリターンマッチするためいよいよ練習に没頭するが…。
短期間で撮影された低予算ムービーである。率直に言って、登場人物たちの造形はいささかステロタイプ的に感じるし、ストーリー展開にもどこか既視感が伴う。
演技的には悪くないのだが、新井浩文演じる狩野という男の描き方がどうにも中途半端で、スカスカな人物にしか感じられないのが僕には不満だった。
ステロといえば佐田のキャラクターもまさしく類型的な憎まれ役だが、その他の「百円生活」底辺メンバーの描写はシニカルとコミカルが同居していて面白かった。坂田聡と根岸季衣のダメ人間ぶりなど、実に見事である。
で、言うまでもなく本作は今最も旬の女優安藤サクラを観るための映画である。彼女は、オーディションで斎藤一子役を勝ち取っている。
中学時代にボクシング・ジムに通っていた経験のある彼女は、10数年ぶりにボクシングのトレーニングを再開。本作にも小林トレーナー役で出演している松浦慎一郎に3か月の特訓を受けて撮影に臨んだ。
贅肉まみれの自堕落な体型だった一子が、ボクシングにのめり込んで別人のようにどんどん肉体がソリッドに変化して行く様は、まるでマジックを見ているようである。
撮影期間にしてわずか10日での驚異的な減量だったそうだが、一度しぼった体にもう一度脂肪をつけてから再度脂質と糖質をカットすることで皮下脂肪を落とし、撮影の合間は3時間おきにササミを摂取して、最後は水抜きもしたという。凄いとしか言いようがない。
そんな訳で物語としてはやや物足りないのだが、一子がボクシングに打ち込み始めてからのシーンには、本当に目を見張る。もちろん、安藤サクラの演技も素晴らしいのだが、それ以上に一子の動きが加速度的に躍動感を増し、ボクサーとして体のキレを体得して行く練習風景には誰もが胸を熱くすることだろう。僕は、ロードワークしている彼女のステップに感動して泣きそうになったくらいである。
だから、個人的な思いを書いてしまえば、一子が試合会場に向かうシーンまでで映画を終わらせてもよかったのでは…と思ったりしてしまう。その後に待っている展開など、容易に想像がつくからだ。
本作は、徹頭徹尾フィジカルな作品。
映画の中のフィクションが、安藤サクラという稀有な女優の力で劇的なリアルを獲得する奇跡的な一本である。
映画の中のフィクションが、安藤サクラという稀有な女優の力で劇的なリアルを獲得する奇跡的な一本である。